第10話 アイドルを直訳すると偶像。芸能人も直訳すると偶像
朝、登校中の
毅然とした自信満々な顔で姿勢良く胸を張って歩いている。前から散歩中の犬が来ると、犬が比嘉に寄って行き飼い主さんがリードを引っ張っているにも関わらず比嘉のスカートの裾を噛んでいる。比嘉は犬を見て笑った。
犬、好きなのか。スカートに食らいつかれてるのに笑うとは、かなりの犬好きと見た。またひとつ、いらん情報を仕入れてしまったな、俺って奴は。
あの男のストーカーな時の比嘉の笑顔は、今の笑顔とはまた違う。見てるとどこか切なくなってくるほどに、ただただ嬉しそうなんだ。ただ見てるだけのくせに。
そんないろんな笑顔を見せつけてくるとは、全く困った子猫ちゃんだぜ。
「あ、おはよー、
あ、見てるのがバレたか。ガン見しすぎか。
「はよー。比嘉、犬好きなの?」
「犬が私を好きなの。私くらいになると人外までがほっとかないのね。今のアイリッシュ・ウルフハウンドはおそらく10歳くらいのおじいちゃんだけど私が視界に入ったら老体に鞭打ってでも近付かずにはいられなかったのね」
自信過剰が過ぎる余り1周回ってもう何言ってんだコイツ。そしてやっぱり犬好きだろ。俺デケー犬だなしか感想なかったぞ。
人外にまで好かれるくらいなんだったら、人間の男なんて100%いけんじゃねーの? と喉まで出かかってなんとか堪える。なんで知ってんだって話だからな。
男のプライドに掛けて、比嘉の後を何回もつけただなんてことは、知られてはならない!
そして放課後には、最早習慣と化したストーカータイムが始まる。
追い回せども追い回せども、比嘉自身がただ見てるだけだからあの男に関しては何の情報も得られ―――あ。
今日は初めて、あの男がコンビニに寄った。自宅マンションにわりと近いコンビニだ。いくつもコンビニを素通りしてこのコンビニに入るとは、何か訳があるのか?
比嘉に見付からないよう、店の裏側に回って壁から顔を出して店内を覗く。
レジの店員の男としゃべってる。リラックスした表情に見えるな……知り合いか? 今までで一番、あの男の顔が見えた。
え?! あの男、めちゃくちゃ顔面が整ってる!
今まで生きてきて、テレビの中ですらあんな顔見たことねーぞ?! もうなんか、淡い月明かりのような光にその体が包まれているようにすら見えてくるほどに完璧に整った顔だ! 黄金比って奴か?! これが!
芸能人? 芸能人ってオーラあるって言うもんな?! こんな所に芸能人住んでたの?! それで、比嘉はコイツのファンでストーカーして顔見れるだけであんなに喜んでたのか!
俺、馬鹿だけど漫画で見て知ってる。アイドルって直訳すると偶像らしい。芸能人も直訳すると偶像なんだ。そうだよ。なんだ、あんな男。あそこまで整った顔した人間なんてリアリティない。所詮、偶像だ。
なるほどねー、話し掛けよう、とかしない訳だな、偶像なんだから。よし! 謎は全て解けた! あの男を比嘉がリアルに好きな訳ではない。単に、比嘉は偶像のストーカーだったんだ!
「何してんの?
「うわ!」
びっくりしたー! こんな所で声掛けられるなんて、何?! 誰?!
コンビニの裏側はフェンスでぐるっと囲まれている。そのフェンス越しに、笑顔の
「え、なんでお前らこんな所に?」
学校からは結構遠いし、充里と俺の地元からはもっと遠い。曽羽んちがどの辺なのかは詳しくは知らん。
「
「いい理由だな、お前ら」
学校からだとこの先に天神森があるのか……親父の経営するホストクラブも天神森に集中している。天神森は日本有数の歓楽街だ。俺は行ったことはないけど俺の天神森のイメージは、キャバクラやホストクラブやラブホテルなんかの大人オンリーな店が集まってるイメージだ。そこへ高校の制服のままチャリで行くのか、自由人。
「
「えっ」
曽羽の奴、沖縄とハワイが同じ島だと思ってたほどの常軌を逸したド天然のくせに、鋭い! なんで?! なんで比嘉の名前が出るの?! 比嘉を避けて裏に来たのにまさか比嘉がいるのかと見回すも、比嘉の姿なんてないのに。
「えー、統基! 比嘉のこと好きだったのかよ!」
「黙れお前! 声デカいんだよ!」
慌てて指をシー! ってする。比嘉に聞こえてませんよーに!
「なんだよー、言えよこのヤロー」
「んなことねーよ! 充里が真っ先に目ぇ付けた女なんて、この俺が好きになるか!」
「へ? 俺、真っ先に目ぇ付けたっけ?」
「覚えてもねーのかよ……もーお前、マジで最初っから曽羽見付けてろよー。あー、もう!」
気持ちのやり場がなく、自分で自分の髪をわしゃわしゃにしてしまう。何だよ! 覚えてもねーなんて! 俺あっちの髪黒い子、って言えば良かったんじゃんか!
「別に俺が先に選んでたっていいじゃん。別に付き合ってもないし、何したって訳でもねーんだし」
「嫌だ! 充里が先に選んだ女の二番煎じなんて、この俺のプライドが許さん!」
「統基って昔から謎のプライドに支配されてるよなー」
謎って何だ、失礼な奴だな。謎のプライドじゃねえ、男のプライドだ。
産みの母親からむかーし昔に
「男たるものプライドを持って惚れた女は命を懸けてでも守りなさい。他の女はまあ適当に使ってりゃいいんじゃない」
と言われたような言われてないような定かじゃない完全におぼろげな記憶があるのだ。あると言えるのかそれ、って話だが、他に母の言葉かもしれないレベルの記憶もないから俺は母の言葉かもしれない言葉に従い、惚れた女は何があっても守る覚悟!
もしかすっと、覚悟がデカすぎてなかなか惚れられないんかもしんねーな。命がけで守んなきゃなんなくなるから。ハードル上げすぎだよな、母親。その結果が魅惑の男・彼女ゼロだよ。
「男がプライドを失ったら終わりだぜ」
「俺にはすでに、謎のプライドに支配されてるお前が終わってる気がするけどなー」
……さすが自由人。自由に発言しやがるなあ……なんか、微妙にグサッと刺さった感あるのが超嫌なんだけど。
「私が言ってきてあげるよ。入谷くんが叶のこと好きだってーって。叶、そこら辺にいるんでしょ?」
と言いながら、曽羽が歩きだそうとする。
「止めろ充里! その天然抑えつけろ!」
「任せとけ! 曽羽ちゃん、ストップ!」
曽羽が固まった。はあ、止まったか。充里が固まった曽羽を抱きしめた。
「あー、かわいい、曽羽ちゃん。ラブホ行こ」
「うん」
「じゃーな、統基! 俺今お前に構ってらんねーわ」
「は? ……は?!」
とめていたチャリに乗って、2人は走り去って行った。
てめーから声掛けといて! 自由だな、あの自由人!
あ、比嘉! まだいんのかな?
壁の端からそーっと覗いてレジの様子を見る。あ、まだあの男店員としゃべってるわ。比嘉もまだ店の前にいるだろ。
「入谷? 何してんの?」
声に驚いて振り返ると、フェンス内の俺の背後に比嘉はいた。俺が覗いていたガラス張りの方からではなく、俺がさっき歩いて来たように反対側の壁側に沿って裏へと回って来ていたらしい。
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