第9話 廉が気付いた、異母兄弟との違い

 親父が寿司には日本酒だろ、とついでまわって昼間っから大人達に酒が入る。ホスト達は夜に仕事あるだろうに、いいのか?


「統基ー。かわいい、統基」


 四男の孝寿の酒癖が悪過ぎる。コイツ20歳過ぎてんのか? 酔っ払ってベタベタまとわりついてくる。あー、ウザい。女の子に見えるくらいに顔がかわいいからまだ耐えられるけど、超ウザい。


「あ、オーナー新しい時計買ってんじゃん。もーらい」


 次男の慶斗が親父が最近買った腕時計に気付いて自分のポケットに躊躇なく入れる。こっちは手癖が悪過ぎる。


 食べることに興味ない俺でも美味い寿司だった。すっかり腹ポンポンになってソファに座る俺に、孝寿が抱きついて来た。


「もー、家帰れば? 嫁さんに抱きつけよー」


 さすがに嫌気がさして来た。なんで男に、それも兄貴に抱きつかれにゃならんのだ。


「今子供生まれたばっかで奥さんと全然イチャコラできねーんだよ。子供寝たから今のうちにやろーと思って脱がせようとしたらさ、今のうちに私を寝かせろって一喝されたわ」


 高1に何の話をしてんだ。ぜんっぜん分からん。私を寝かせろって何だよ。好きに寝りゃーいいじゃん?


「そんなもんだぞ、孝寿。子供産んだばっかの時期なんて心身共に疲れてんのが当たり前なんだよ。どれだけ子供がかわいくても十分に眠れない日が続くんだから。それでもやりたきゃ三日三晩必死でいつも以上に家事育児頑張って、嫁さんの体休ませて感謝で埋めつくして断れなくしてから脱がすんだよ。夫婦円満の秘訣だぞ」


 長男の亮河がやって来た。スマートにクールな顔して変な声で何言ってやがんだ。言ってることが的を得てんだか外してんだかは知らんが、俺でも分かるのは本当にどこまでも声は残念だと言うことだけだ。


 うちのリビングは、デカいL型ソファに、センターテーブルを挟んでその正面に同じソファのI型を2つ直線に並べて置かれている。


 L型の長い所に俺と孝寿、短い所に亮河が座った。孝寿がうんざりした顔をする。


「3日もかかんのかよ! その3日やれもしねーのにどうモチベーション保つんだよ!」


「それをリョウは苦もなくやるんだよ。リョウはすげーぞ。だから子供5人も産んだんだよ、嫁さんも。ただリョウの真似はできねーけどな」


 慶斗だ。超顔赤いんだけど。酒弱いんじゃねーのかよ、慶斗。


 3人で何やら卑猥な話が始まった。高校生への配慮はないのか。人生勉強のため、しかと拝聴するけれども。


 ふとテーブルの方を見ると、三男の悠真と親父が何かモメ出してるみたいだ。それをまだ寿司バクバク食いながら廉が何か言って、場を和ませている。すげーな廉。マジでよく食うなー。


 そんなそれなりにほのぼのとした空気の中、2階から降りて来る足音がした。あ、母さんが起きて来たのかな?


「あ! お寿司! なんで起こしてくれないのよー銀士ー」


 あ、やっぱり。廉の母親で、俺の今の母さんがその姿を現した。


花恋かれん!」


 親父が母さんに駆け寄る。ゆったりしたワンピースみたいなパジャマのまま、母さんがやって来た。


「え?! オーナーの嫁さん?!」


 母さんを見て兄貴達が驚いている。あー、年の差激しいからかな。母さん、まだ30歳だもんな。亮河と同い年か。


「あ? 何この若者達?」


「俺の子供達だよ! 花恋!」


「えー、私この子がいい〜」


 母さんが三男の悠真にしなだれかかって、長い髪の毛先をつまんで悠真の顔をこしょばしている。


 おい、義理の息子だよ、廉以外全員! そして廉は実の息子だよ!


「悠真、出てけ! 花恋の視界から消えろ!」


「えー、何? 銀士なんでそんな怖い顔してるの?」


「怖かった? ごめんね、花恋ー」


 鬼の形相で悠真を追い払った親父が一転、ふにゃふにゃした笑顔で腰を曲げ母さんの顔を覗き込んでいる。


 一体全体何を見せられてんだ。とりあえず、慌てて悠真もソファ側に避難してきた。


「何、あのセクシーなお姉さん」


「廉の母親だよ。俺の今の母さん」


 悠真が驚愕の表情で俺に顔を近付ける。何なんだ、近けーよ。


「あれ母親なの?! 統基、大変だな」


 え? 大変なの? 俺、実の母親の記憶ほとんどねえから花恋ママしか母親像がねえんだけど?


「ママ、食べるんだったら早く食べて。僕まだ食べたい」


 箸を握りしめて廉が母さんを急かす。最後の一貫まで食う気だな、廉。母さんが最早残り物に見える程度しか残ってない寿司をチラッと見て、


「いいお寿司なの? だったら食べるけど」


 と興味なさげに言うと、


「いいやつだよ! 花恋の為に超特上取ってあるから、食べて!」


 と親父がキッチンから新しい寿司桶を持って来た。いや、俺らに出してた寿司は特上だぞーって言ってただろ。母さんだけ超特上かよ。


「あるなら出してよー。廉、残ってるの全部食べていいわよ」


「やった!」


「ちょっと待て!」


 と、孝寿がソファからダイニングテーブルへと走って行く。自分が使ってた箸を手に取り、母さんの持つ超特上の寿司桶を完全にロックオンしている。


「俺も食う! お姉さん、俺、この寿司食いたいなあ?」


 孝寿が別人みたいにカッコつけて母さんの肩を抱いて顔を近付けた。まっすぐに、孝寿が母さんを見つめる。


 みるみる母さんの顔がほころぶ……すげー孝寿。母さんのあんな顔、初めて見た!


「あげる! 食べて!」


「ありがとう! ママ!」


「ママなんてやめて! 花恋って呼んで!」


「ありがとう、花恋」


 と、なぜか低音ボイスで孝寿が母さんの顔を見つめて微笑んだ。直後、超特上の寿司を母さんの手からひったくってテーブルに置いて食いだす。花恋! 花恋! と親父が母さんの肩を揺さぶってるけど、母さんはポーッと孝寿に見惚れている。


 ……あー、ありゃあ、ホスト向いてそうだなあ、確かに……。素人にも分かるわ。てか、すでに親父越えてね?


 てか、俺も超特上食ってみたいんだけど。俺が腹いっぱい食ったのより超の分美味いんかな。ソファから立ち上がり、孝寿が座る椅子の横にしゃがんで、ねえ、と孝寿を見上げる。


「孝寿兄ちゃん、俺大トロだけでいいから食いたいよー」


「……しゃあねえな、ほら、食えよ」


 孝寿が箸で大トロをつまんでこちらへ差し出してくれる。やった! 孝寿はかなり俺を気に入ってくれてる!


 おー、超特上の大トロ、超美味い!


「その代わりチューさせろ、統基!」


「え?! やだわ! 拒否だわ、やめろ孝寿!」


 ほんっと、酒癖悪いな! ソファに急いで戻る。孝寿は俺を睨んでチッと舌打ちして、再び寿司をがっつきだした。


「あはは! お前ら仲良くなったもんだな」


 亮河が変な声で微笑ましく見てる。んー、まあ、嫌な奴ではないな。でも、兄だとはやっぱり思えねーよ、そんな急に。変な声のお前もな。


 ホスト達と大学生が帰って行くと、廉が寂しそうにソファにひとりポツンと座っていた。……あー、分かるよ、俺もこの静けさ少し寂しい。あいつら酒飲んで暴れだして騒がしかった分、いっぺんに帰っちゃって静かになっちゃったもんな。


「廉! ゲームの続きしよーぜ」


「統基お兄ちゃん……僕、気付いちゃったんだ」


 廉がうつむいていた顔を上げて俺を見る。いつになく、深刻な顔をしている……どうした? 廉……。


「気付いた? 何に?」


「僕だけ、違う」


「あ……」


 気付いちまったか。廉だけ、父親が違うことに……。


「みんな、りょ―――が、とか、け―――と、とか、ゆ―――ま、とか、こ―――じゅ、とか、と―――き、とか間延びした名前なのに、僕だけ、れん! だよ。キレッキレだよ」


「それ、お前の言い方次第だろ。統基! って言えば同じくキレッキレじゃねーか。変なこと言ってねーで、ぷよテトやるんだろ?」


「あ! その前にスマブラ途中だった!」


 チッ、忘れてなかったか。


 ……廉……いつか、もっと明確に違いに気付く時が来るだろう。けど、血なんか繋がってなくたって、お前は俺の弟だ!


 あいつらだって、きっとそう思ってる。兄ちゃん達を信じろ、廉!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る