第8話 息子6人に娘ひとりって、親父半端ない


「え? 多くない? 俺の弟何人いんの?」


 リビングに入って俺達を見て驚いている三男、悠真を観察してみる。


 長男次男ほどじゃないけど背高いし、孝寿ほどじゃないけど顔も整ってる。普通にイケボだし、服装もピシッと決まったスーツでも目が痛い色鮮やかなスウェットでもなく、グレーのパーカーにジーンズだ。んー、逆に中途半端で特に特徴がない。ピアス多いな、しかないなコイツは。


「3人だ。あれがお前のすぐ下の孝寿、隣がその下の統基、あのちっこいのが廉。で、ガキンチョらのお兄ちゃんのはやし 悠真ゆうま


「俺をガキンチョコーナーに入れんな!」


と四男だって言う孝寿が抗議してるけど、俺と大して年違わねえだろ、子供はいるらしいけど。


「マジで?! 弟1人紹介されるんだと思ってた」


 コイツも多くは知らされてなかったらしいな。黒髪スーツの長男の亮河だけは特に俺達に驚いてる様子はなかったけど、他の兄貴達はさほど異母兄弟について知らなかったのかもしれない。


 親父がリビングを見回す。


「あれ、廉! ママは?」


「部屋で寝てると思うよ」


「しゃあねえな、花恋かれんは。あいつ昼夜逆転してんだよ。そのうち起きて来るだろ。先に始める!」


 始める? 何を?


 親父が両手を広げて高々と掲げた。大声で叫ぶ。


「発表します! 俺、現役引退することにした。店の経営も子供達に譲る。俺はリタイア生活に入る!」


 ……は? だから何?


「え? マジで?!」


 長男次男三男は、かなり緊張の走った顔をしている。あー、そっか、コイツらはホストだから親父の経営方針が自分の生活に直結するんだ。俺には全く関係ねーけど。


「ただ、オーナーとしての俺の名前は残す。俺がトップなのは変わらない」


「オーナーが仕事しなくなるだけってことかよ。俺らの仕事が増えるだけだな。経理関係とかどうなってんのかちゃんと引継ぎはしてくれよ」


 と長男が冷静に言うと、次男が


「オーナーが店に来なくなるんならいいや。いえーい、自由が増えるぜ。ユウも一緒に私物売ろうぜ。結構儲かるんだよ、これが」


 と喜んでいるようだ。客に私物売って儲けてんのか、この金髪ホスト邪道すぎるだろ。


「マジでー。オーナーに説教くらわねーでいいんなら俺もやるー」


 三男はすげー流されやすい性格らしいな。こんなんで厳しいであろう夜の店でやっていけてんのか、コイツ。ホストってカモるもんだろうにあっさりカモられそうな奴だ。


「聞こえてんぞ、お前ら! 抜き打ちチェックには行くからな! 不正な営業は見つけ次第金没収するからそのつもりで真っ当な営業をしろ! んで店なんだけど1号店を亮河に、2号店を慶斗に、3号店を悠真でいいか? それぞれの今勤めてる店をそのまま譲ろうと思ってる」


「いいよ、それで」


 長男が答える。次男三男も異議を唱えない。この2人もそれでいいんだろう。


「じゃあ、決まり。で、孝寿だ。俺は子供達全員に平等にと考えて、6店舗経営してる。孝寿、お前もホストになれ。お前絶対向いてるよ」


 6店舗? 知らん間に俺と廉の店もあるってこと? どうしろってんだよ! そんなもん、どうにもできんわ!


「嫌だ。俺はホストにはならん」


「気持ちは変わんねーか」


「でも、店は欲しい。俺大学で経営学んでるし、卒業したら社長になりたい」


 社長になりたいだけだと馬鹿な小学生みたいだけど、孝寿、経営学んでるのか。何か分からんが何かすげー。俺大学なんか絶対縁ねーもん。


「じゃあ俺、この子に任せたい。そんな責任を負いそうな立場、俺いらねー。ただのホストでいい」


 三男の悠真だ。むしろオーナーの息子の特権だろうに、責任を負うくらいならいらないってのか。親父の地盤でホストやってるくせにどれだけ責任負いたくないんだ。主体性ゼロか。


「いいのか? 悠真。一生やれる仕事ではねーぞ。収入も安定はしねーし。お前も嫁さんと子供2人食わしてかねーといけねえのに」


「俺の嫁さん看護師で安定してっから、大丈夫。俺が食わしてもらう覚悟はできてるよ」


 なんでその覚悟でそのキメ顔ができるんだよ。


「その覚悟、忘れんじゃねーぞ、悠真。じゃあ、3号店以下はすぐには交代できねーな。まあ、こっちでどうにかするわ」


 いや親父、その覚悟を変えさせろよ。夫として父親としての覚悟はゼロだぞ。何全肯定してんだよ。


 親父の話はこれで終わりらしい。デリバリーの寿司が届いた。みんなで寿司食ってお祝いをするんだそうだ。何の祝いだ、何の。何もめでたくねーわ。


 デカいダイニングテーブルに寿司桶が並ぶ。男ばっかり7人でテーブルを囲む。寿司すげー多いなと思ったけど、この人数だとみるみる減ってくな。


 親父は俺ら息子達の顔を見回して、えらいご機嫌な様子だ。


「これからは俺も時間できるし、月イチくらいでみんなで集まろうと思ってさ」


「なんでまた、急に」


 亮河が不思議そうに尋ねる。たしかに、これまで他に子供がいることすら話しもしなかったのに、どういう心境の変化なんだ?


「俺も年取ったんかね。子供達全員に囲まれたいと思うようになったんだよ。それぞれの嫁さんと孫達も」


「嫁と娘は連れて来ねえぞ」


「俺も」


「俺も」


「俺も」


 すげー。長男亮河の宣言に見事に次男三男四男と続いた。妙に兄弟の連携を感じたわ。


 しかし親父、実の息子達にめちゃくちゃ警戒されてるじゃねーか。まあ、あちこちでホイホイ子供作った実績が自分達だもんな、そりゃ警戒もするか。


「ねえ、タマゴもう1つ食べていい?」


 廉、もう一通り食ったの? 廉はよく食うけど、さては今日は人数が多いから焦って早食いになってんな。


「いいよー、食え食え。大きくなれよー」


「廉タマゴ好きなのかー。かわいいなー」


 兄貴達が揃ってニコニコ顔になる。廉は人懐っこくてピュアッピュアでかわいいから、すげー人に好かれるんだよな。男女問わず年齢問わずモテモテだわ。


「あ、リョウ、ユウ、知ってる? エミリさんの娘、店で働き始めたよ。昨日行ったらいたわ。エミリさんに超そっくりでビビったよ」


「知ってる! 俺も見た! ありゃ、オーナーの子供かどうかなんて完全に分かんねーよ。母親似過ぎて!」


 次男と三男が話している。へえ、店に出てんだ、と長男と親父も興味深げな反応してるけど……エミリさん? 誰だ、そりゃ。


絵美えみそっくりなら、ますます美人に成長してんだなあ。絶対に俺の娘だ! なんて名前でやってんだ?」


 ……娘? まだ子供がいるってのか! この親父は! 冗談じゃねえ! しかも、なんでそんなに嬉しそうなんだ!


 三男が顔をしかめて親父を見た。


「ミーナだって。けど絶対行くなよ、オーナー。オーナーには言うなってエミリさんから言われてんだから」


「そーだよ、オーナー。俺はリョウとユウに話してるだけなんだからな。オーナーには言ってねーんだから」


 ……いやそれ、ここで話しちゃダメなヤツじゃねーの? 親父どころか俺らにもその情報入ったんだけど? なんだコイツら。兄貴達、馬鹿ばっかりか。


「ミーナって子さー、大学生になってからバイト始めて昼職転々としてたらしいんだけど、どこもクビになってエミリさんが見かねて仕方なく店に出したんだって。でもあの子、ぜんっぜん夜職にも向いてねーよな、ユウ」


「いやー、接客はともかくかなり美人だしスタイルいいから人気出るんじゃね? 東側でもあの子より美人いるか? ってくらい顔は綺麗だよ」


「あれで胸があればなー」


「胸ねえのか……」


 親父が少し興味を失ったらしい。何考えてんだ、全く。さっき俺の娘だって言ってなかったか。


「エミリさんって誰ー?」


 孝寿が尋ねる。それな。コイツらみんなが知ってる設定でしゃべってるけど、一体誰なんだ。


「オーナーの昔の女だよ。天神森てんじんもりは知ってる? 俺らも全員天神森で働いてんだけど、日本有数のデカい歓楽街。エミリさんは今や天神森の西側の頂点だろうな。東側はオーナーがいるからか来ねえんだけどさ、雇われママやってて。その娘が自分の子供だってオーナーは言い張ってんの。けどエミリさんに他にも父親候補がいるからって言われて認知させてもらえなかったの」


「すげー女だな」


 孝寿が引いてる。俺もだ。父親候補が複数いるって、とんだあばずれじゃねーか。まさか、そんなんとばっか子供作ってんのか、親父。

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