第5話 自信過剰なストーカーをレッツ ストーキング!

 比嘉をかなりの距離、追いかけて来てしまった。こんな所で比嘉に見つかったら、まるで俺がストーカーだ。見つからねーようにしねえと。


 ……それにしても……コイツ、どこまでストーカーする気なんだよ。えー、俺、帰れっかなあ? もう道分かんねーよ。やだよ、俺、比嘉の後つけて迷子とか。


 比嘉がやっと立ち止まった。微笑んで何かを見ている。なんだ、マンションか。あの男が入って行ったんだろうか。俺は電柱の陰に身を隠し、比嘉を観察する。


 比嘉が見つめるマンションは、茶色い外壁で地味ながら大きくて高そうなマンションだ。金持ってんのか、あの男。


 今度は、比嘉はマンションの前から動かない。じっとマンションを見つめるばかりだ。


 え? 見えねーだろ、あの男はマンション内に入ったんだから。マンション見つめてお前の目には何が見えるってんだ。


 なんなの? ねえ、なんなの? 愛しいあの人がいるマンションを見ているだけで幸せなの、とでも? ふざけんな! キャラ180度変えて媚びてんじゃねえ!


 ……やっぱり好きなのか、あの男……。俺にはあんなに無関心なくせに、こんなマンションの壁をじっと見ていられるくらいに。


 いや、それより帰れよ! このままじゃ俺が帰れねーんだよ! 俺もう道ぜんっぜん分かんねーんだよ!


 ――比嘉はまるで動かない。でも、俺1人で帰ろうと動くよりは、比嘉についてった方が確実に帰れるはずだ。比嘉と曽羽は学校から家まで近いような話を前にしていた。学校の近くまで戻ればきっと知ってる道に出る。


 スマホで漫画を読みながら、チラチラ比嘉を見る。あーもう、いつまで見てんだよー、比嘉さーん。俺すっかり飽きてんだけどー。つまんないんですけどー。


 すっかり辺りが暗くなった頃、やっと比嘉が歩き出した。やっとかよ! おせーよ、バカ!


 さあ、帰れ帰れ。このマンションから離れて帰れ!


 結局、比嘉の家らしき一軒家まで比嘉を追ってしまった。これじゃ俺もガチのストーカーじゃねーか。いや違う、俺はただの紳士だ。女子高生が暗い夜道をひとりで歩くのは危険だから、安全を見守っていただけだ。


 俺も無事に家には帰れたけど、比嘉があの男をストーカーする理由は分からずじまいか。俺、バカだけどやると決めたらやる男だ。このまま引き下がりはしない!


 門を開けて中に入り、また門を閉める。数歩歩いてドアを開けると玄関エントランスにれんがいた。


「お兄ちゃん、おかえり!」


「ただいま、廉!」


 俺のかわいい弟もちょうど帰って来たばかりらしく、靴を脱いで廊下に立つ。


「おかえり、廉! ちゃんと手を洗うのよー」


 と母さんの声が聞こえる。リビングにでもいるらしいな。


「はーい! お兄ちゃんもいっしょに――」


「俺はいいから」


 廉の頭を笑ってポンポンして、そのまま2階の自分の部屋へと向かう。


 とりあえず、まず明日やるべきことは情報収集だよな。比嘉 叶という人物について、俺はまだまだ知らないことが多すぎる。


「比嘉さー、モテんのに彼氏作らねーのって、理由があんの?」


 あまりたくさん質問するわけにはいかない。うまいこと転がれば好きな男についての情報も得られるかもとまずこの疑問をぶつけてみたが、直球すぎるだろうか?


 俺が比嘉のことを好きなんじゃ、などと勘ぐられないだろうか。勘ぐれるような脳みそは装備されていないからセーフか?


「逆に私がこの頭の悪い生徒しかいない学校で彼氏を作る理由ってあるの?」


「頭悪いで言うなら、お前中間テストで最下位の成績だったじゃねーか」


「欠点がないことこそが欠点なの。私はちゃんと勉強ができないって言う欠点があることでバランスを取ってるのよ」


「いや、そこまで自信過剰だともはや欠点だろ。すでにバランス取れてるよ、初めっから」


 キッと比嘉がにらみつけてきた。うーわ、怖! 言い合いでは負けるからって顔力に頼るなよ、ズルいな、全く。


「そんな怖い顔すんなよー。美人がにらむと超こえーんだぜ?」


「怖い顔させるようなこと言わないでくれる?!」


「はいはい、分かった分かった。俺が悪うございました。これでいい?」


 頭悪いくせに自分の顔の使い方はさすがによく分かってるらしいな。


 でも、ふん! とすねてるような顔は、もう怖くない。むしろかわいい。比嘉にこんなガキっぽい一面もあるんだ。全く、いらん情報を仕入れてしまったようだな、俺って奴は。


 放課後、比嘉はまた充里に曽羽を押し付けて1人でさっさと帰ろうとしている。よし、行ってみるか。


 今日は天気も良くて暑いくらいだ。校門にさしかかる所まで言い出せなかったけど、勇気を出してごく軽く言ってみた。


「あっちーなあ、シェイクおごってやるから寄ってかねえ?」


 どう出る? 何て返す?


「私の繊細なおなかは、シェイクとかアイスとか相性最悪なのよ」


「え? 腹下すの?」


 比嘉の表情が一気に険悪になる。


「下すとか言うのやめてくれる? 私のおなかが繊細なだけなの」


 ああ、一応女子だし、腹下すとか言っちゃダメなのか。でも、下すんだろ?


「じゃあ、何ならいいの? 俺はお前となら何でもいいぜ? 何か食わねえ?」


 あえて、あくまでライトに誘う。断られた時の傷は最小限にしたい。


「ほんと、薄っぺらい男よね。悪いけど私、忙しいの。バイバーイ」


 ええー。冷た……。

 シェイクよりよっぽど冷たいわ。


 薄っぺらい男って……あえて軽く誘っただけなのに。何だよ、何がそんなに忙しいってんだよ。言えるもんなら言ってみろよ。


 校門を出て、昨日と同じ方へと比嘉が歩いていく。やっぱりストーキングするんだな。比嘉の家はあっちじゃない。こっちだ。


 そうだ、俺は男のプライドにかけてやると決めたらやる男だ。


 比嘉がストーカーなんてしている理由を、あの男を好きじゃないって証拠を掴んでやる! さあ、レッツ ストーキング!


 比嘉に見付からないよう、慎重にかつ大胆に比嘉を追う。昨日と全く同じだ。コイツ、毎日こんなストーカーしてんの?


 ただただ、幸せそうに見てるだけ。何が楽しーんだよ、比嘉……。


 信号待ちで立ち止まった相手の男を観察する。多分、俺らよりは年上だな。まだ若そうだけど、高校生ではなさそうだ。背ぇ高いし、制服着てないし。でも、学生ではありそうだ。こんな時間に帰ってんだし。社会人ならまだ仕事してるだろ。大学生か?


 比嘉、年上好きなのかな……。


 たしかに、イケメンそうな雰囲気はある。顔は全然見えないけど、そこそこ背が高くて細身の体型で頭は小さそうで、茶髪で髪の毛なんかフワフワしてて、いかにもモテそうではある。顔見えねーけど。見えないから俺の方がイケメンかもしれねーけど。


 男のマンションまで来た。もう帰ろーかな。多分、道分かるし。俺ここでやることなんてないんだもん。


 比嘉は昨日と同じように、マンションの向かいに建つ一軒家の壁にもたれて、昨日と同じように見上げている。俺も、マンションを見てみた。今まさに電気の付いた部屋が目に入った。あの部屋か? あの男の部屋は。


 2階だ。2階の端の部屋だ。あの部屋を見てんのかなー、比嘉……。


 俺も昨日と同じ電柱の陰に身を隠し、比嘉を眺める。比嘉は、学校で見る顔とはまるで違う、穏やかで幸せそうな顔でマンションを見上げている。


 比嘉とあの男は、どういう関係なんだろーか。あの男がコンビニのバイト店員で、客として比嘉が行って惚れたとか?


 ポケットからスマホを出して、不動産サイトで現在地から検索してみる。お! 茶色いマンションあった! 賃貸マンションなのか、このデカいマンション。あー……金はあるな、住居がこれなら。確実にあの男か親が金持ってる。このマンションは家賃が恐ろしく高い賃貸マンションだ。


 こんな高いマンションに住んでるなんて、何者だあの男。


 比嘉……なんとなく、俺も幸せそうに微笑んでマンションを見るだけの比嘉を眺める。鋭い猫のような目は、今は半分くらい閉じられてるのか優しげに見える。


 綺麗だなあ……何を考えてるんだろ……って、あの男のことしかねえか。


 ……俺、何してんだろ。なんか虚しくなってきた。だれか俺のことも見てくれてねえかな。


 いやいや、目的を見失うな。俺はただ、ストーカーがストーカーをする理由が知りたいだけだ。悲しくなる必要なんてねえんだよ。


 とっぷり日が暮れた頃、比嘉が帰路に着く。昨日と全く同じ時間だ。あいつ時計もスマホも見てないのに、かなり体内時計が正確なんだな。すげー。すげーけど、またどうでもいい情報を仕入れてしまったな、俺。


 そして今日も、紳士として淑女が無事に家に入るのを見届けてから俺も家に帰る。マジでだれか、こんな紳士な俺を見ててくれてねえかな。

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