第4話 モテる≒彼女ゼロ≠初恋

 人気のない防火扉の前で穂乃香ほのかが立ち止まる。


 あー、好きですとか付き合ってくださいとか言う気じゃねーだろうなあ。


「好きです! 付き合ってください!」


 まんまかよ! もう何人断ってると思ってんだ! 今さらそんな定石通りの告白で付き合ってたまるか!


「ありがとう、穂乃香。でも、お前はエンジェル。俺だけのものにするわけにはいかねーんだよ。ごめんね」


 しょんぼりとした様子で穂乃香が廊下を歩いて行く。俺まだ見てるのに、女子たちが穂乃香を囲む。


「どうだった?」


「なんか全然分かんない返しされたー。ごめんねって言われたからダメだったんだと思うー」


「もうやっぱり充里なんだよ。BLの世界の住人なんだよ、入谷は」


「女である以上ダメなんだよ、きっと」


 ちがう! 俺はどんな生物だと認識され始めてるんだ!


「充里と入谷のイチャイチャなら見てられるー」


 ほう、ふざけてくれるなあ、穂乃香さん。だれが充里なんかと! かわいいお前らのイチャイチャの方が見たいわ!


 ヤバいな、これ。


 中学のころと同じ軌跡をたどってるかと思いきや、よりヤバい気がする。充里のために女と付き合わないとか、寒気するんだけど。


 思えば、気付いたころにはモテていた。


 小学生のころはスルースキルもねえし、まわりに冷やかされるのがイヤで俺女なんかに興味ねえし、って顔してごまかしてた。


 中学生になると、興味はあれどももっとかわいい子に告られんじゃねえか、もっといい子と付き合えるんじゃないか、って欲が出てOKできなかった。


 ただそれだけだったのに、いつの間にか「入谷はモテるのに硬派な魅惑の男」と位置付けられてしまった。


 そうなると、彼女がほしい願望が高まってだれでもいいから付き合いたい、と方向転換しようとしても、OKしたら今まで告られても断り続けた入谷が待ち望んでいたのはこの女なんだ、と周囲に認識される。


 冗談じゃねえ。


 俺は今までだれも好きになったことなんてないのに、好きでもねえ女を待ちわびてたと思われるなんて、イヤすぎる。


 となると、本当に好きになった女としか付き合えなくなってしまった。


 結果、モテるのに彼女ゼロ状態が続いてしまった。今もまさに継続中だよ。


 どうしてこうなった。


 高校なら中学までの俺を知る人物は少ない。だれにだっていいところが絶対あるんだから、一番に告ってくれた女の子と付き合おうと決めていた。


 なのに、告られるたびいつも頭によぎるのがあいつなんだよ。比嘉 叶……。


 俺に興味関心を一切示さないのに。


 充里が真っ先に見つけた女が気になるなんてこと、俺の男のプライドにかけてあり得ないのに。


 でも、何これ何この気持ち。


 比嘉と目が合うだけでドキッとする。

 気付いたら比嘉を目で追っている。


 ヤダ何これ。もしかして、初恋?


 いやー、ねえわー。あんなわけ分からん自信に満ちあふれた、過保護に育てられたのであろう女。いくら美人だろうとねえわー。


 教室に戻ると、充里がスマホから顔を上げてのんきに笑って


「穂乃香、何だったの?」


 と聞いてきた。


「付き合ってくださいだってー」


「また断ったんか」


「断ったよねー。てか穂乃香、俺と充里がイチャイチャしてんのが見たいんだってー。どうする?見せつけてやる?」


「断る! 俺は曽羽ちゃん一筋だから」


「曽羽、まだなの?」


 と言ってるそばから曽羽と比嘉が教室に戻って来た。


「お待たせー。ごめんね、充里」


「曽羽ちゃん、おーそーいー」


 勝手にだれの席だか分からん窓際に座る充里が曽羽を呼び寄せてひざに乗せてイチャイチャしだす。見てらんねーな、これ。


「じゃあ私帰るわね。充里、愛良まだ帰り道覚えてないんだから家まで送ってよ。バイバーイ」


「分かってるよー。バイバーイ」


「俺も帰ろ。バイバーイ」


 比嘉と並んで教室を出る。おお、これは今までにない状況だ。


 別に比嘉のことなんて好きでもなんでもないけど、クラスメートとして親睦を深めるのは決して悪いことではないはずだ。


「充里、バスケ部入ったんでしょ? 部活行かなくていいものなの?」


「俺が知るかよ。そりゃボール追っかけて走りまわるより彼女ひざに乗っけてイチャついてる方がいいだろーよ」


 あー、羨まし。充里はホント、自由に楽しそうに生きてやがる。


「入谷は部活入らないの?」


「やりてー部活ねーもん。比嘉は?」


「私は放課後忙しいから、部活なんてしてる暇ないのよ」


 ふーん? バイトでもしてんのかな? でも、あんまり質問すると、比嘉にコイツ私に興味アリアリじゃんって思われんじゃねーかな……。


「じゃーね、私こっちだから」


「あ? ああ……じゃーな」


 あっさり別れやがるなー。この俺と2人でお話するせっかくの機会なのに。他の女子ならウザいくらい話し掛けてくるだろうに、超あっさりだ。


 そんなに俺に興味ないのかよ……。


 仕方なく、門を出た所で比嘉と別れて歩き出す。


 ……比嘉忙しいっつってたけど、ちょっと寄り道してシェイク買うくらいならどうかな。


 立ち止まる。


 なかなか、こんな風に2人きりになる機会はない。もう別れちゃったけど、まだそこいらにいるだろ。早くしねーと、比嘉を見失う!


 回れ右して、急ぎ足で進む。もー見えねーよ、あいつ! しゃべりだけじゃなくて歩くのもはえーな!


 角を曲がると、だいぶ先に比嘉の後ろ姿が見えた。かなり早足だ。やっぱり忙しいのかな?


 まあ、いいか。一応、追いかけよう。


 比嘉の背中を早足で追いかける。あー、小走りしてる! そんなに急いでんの?


 と思ったら、曲がり角にある建物の陰に隠れるかのように立ち止まった。また歩き出したと思ったら、クルッと回転してまた建物の陰に戻る。


 ……何やってんだ? あいつ? よく見ると、比嘉は不審な行動しかしていない。


 比嘉が建物の陰にいる間にだいぶ距離を詰めることができた。比嘉の表情が見える。初めて見る比嘉の表情だ。笑ってる。幸せそうな、何か大切なものを見守っているかのような笑顔だ。


 ……やっぱり、美人だなー……。


 どうやら、比嘉は何かを観察してるのか一点を見ているようだ。キュートな子猫でもいるんかいな。俺の方からは、曲がり角の先が見える。男女数人が歩いているだけで、特に変わった物なんてなさそうなんだけど。


 何となく歩いてる人達を見ていたら、1人の男がつまづいて転けかけた。


 すると、比嘉が一瞬、駆け寄る素振りを見せた。が、男が転けずに持ち直した拍子に比嘉のいる方を向くと、慌ててまた建物の陰に隠れたように見えた。


 え……まるでストーカーみたいな動きなんだけど。


 男が角を曲がると比嘉は小走りになり、男が曲がった角にある電柱に身を隠して向こうの様子を伺っているように見える。


 これ、ストーカーだな! 確定だよ、こんなもん!


 え、何? この自信満々な女がこんなにコソコソとストーカーなんかしてんの? なんで?


 まさか……まさか、好きなのか、あの男のことが。だから俺にも充里にも全く興味を示さないのか。


 いや、比嘉はこれだけ美人で自分に自信満々なんだから、好きならこんな遠くから見るだけなんてこともなく告ってるはずだ。何か他に理由があるんだ。その理由、この俺が暴いてやる!

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