第3話 女子グループができる前に動くべし

 入学式の翌日。ニッポンの底辺なこの下山手高校では今日は一日学校探検だ。小学校か。


 休み時間のたびにハコツクリの前に座るヒガとやって来るソワに話しかけ、イリタニな俺は席が遠いにも関わらず4人組を形作ることに成功した。


 こういうのはスピード勝負だ。女子同士で固まられると男の入る余地なんてなくなる。


 4時間目が終わり、チャイムが鳴る。すぐさま比嘉と充里が前後に並んで座る机に走る。どちらの隣ももう空いている。よし!


「えー! 比嘉、弁当なんだ」


 大声に驚いた比嘉が、弁当が入っているのであろう小さなバッグに手を掛けたところで動きが止まった。そのすきに比嘉の脇に立つ。


 もしも比嘉が立ち上がれば、俺と比嘉の顔が至近距離に位置することだろう。


「お弁当だけど。何よ、そんな大声で」


「自分で作ったの?」


「ううん、お母さんが作ってくれたの」


 へー、お母さんに大事にされてんだな、比嘉……。


「ふたりともパンなのね」


 俺の手に握られたパンと、充里がパンの袋を開けたのを見て比嘉が言う。


「俺、パン好きー」


 と後ろを向いて充里がパンを食べ始める。


 いいよー、自由人。周りの人間だれも食べる準備整ってなくとも食べ始めるとか、いい仕事してるよー。


「俺は食べやすいからってだけだな。食べることに興味ねえ」


「そうね、小食そうな体してるわね」


 席に座る比嘉が、脇に立つ俺を上目遣いで見上げた。うわ! なんちゅーキレイな目してんだ! 脳内に自動録画される。


「叶の隣の席、借りてもいいのかなあ?」


 と、やっと曽羽がやって来る。


「いいんじゃね? 俺もこの席借りよー」


 俺も充里の隣の席に座り、自然と4人で昼メシを食う態勢が整った。


「曽羽の弁当もお母さんが作ったの?」


「ううん、私が作ったよ」


 もう高校生だもんな、自分で作れるよな。比嘉の親が過保護なだけか。俺なんか小学校の時から遠足の弁当とか自分で作ってたし。


「へー、曽羽って天然ぽいからこんなキレイな弁当作れねーかと思っ……これ、オール冷凍食品じゃね?」


「うん。昨日ちゃんと作ってたんだけど、冷蔵庫に入れるの忘れちゃってたから今朝急いで作り直したの」


 やっぱり曽羽は天然だな。


「わー、本当だ、イケメンコンビだー」


 と声が聞こえて、お呼びですか? と廊下の窓からこちらを見ている女子ふたりを頭は動かさずに横目で見た。


「一緒にいる女の子は?」


「どちらかがどちらかのイケメンの彼女らしいよ」


 やっぱり俺たちのことだな。


「俺ら見てんなら入っておいでよー」


 と自由人が彼女の前で女の子を招き入れる。曽羽はニコニコしてて気分を害してる様子もないけど。


「君ら、なんて名前?」


「私は沙也さや。この子は弥也やや


「沙也と弥也? ややこしいー、覚えらんないよ」


 名前も顔も似てるからふたごかと思いきや、たまたまらしい。このふたりもかわいい! この下山手高校はかわいい女子が多いとは聞いてたけど、期待以上だ。


 こんなかわいい子たちもイケメンコンビだって見学に来るほどなのに、比嘉は一切俺たちに興味関心を示さない。


 うねりまくった明るい茶髪のマッシュヘアに、男の割には小柄で細い体。肉が付かないから小顔で目付きが悪いとよく言われる大きな目と分厚い唇が目立つ、オリエンタルな色黒個性派イケメンを自称するこの俺。


 そして、金に近い茶髪のスポーツ刈りに、高身長で中学時代はバスケできたえた男らしい肉体。体に反して小さくて優しい顔立ちの万人受けするフェイスを持つ充里。


 入谷派充里派には分かれがちだけど、どちらにも興味のない女子なんて初めてだ。昨日だって、俺の方が名残惜しいくらい比嘉はすぐに帰って行ったし。


「おー! マジだ! すっげー美人!」


 ん? 廊下の窓を見ると、知らない男子生徒が4人くらいでこちらを見ている。


「比嘉! これ何? これ見て、この赤いタコ的な形してるやつ」


「え? これ? ウインナーでしょ」


「へー、これがウインナーねえ」


「え、入谷、ウインナー知らないの?」


 んな訳ねーだろ。単にはたから見て比嘉と俺が弁当に顔を寄せ合う様を見せつけたいだけだ。


「もう男いるんかよー」


「しゃあねーよ、あんな美人じゃあなー」


「それにしても早過ぎね? あの男早過ぎね?」


 ガッカリした男たちが去っていく。ふっ、早過ぎなんてことはない、スピード勝負だ。今頃見学に来ているようじゃ遅すぎる。同じクラスだったのは超ラッキーだったがな。


 パンを食い終え、後ろのドア近くに置かれたゴミ箱に袋を捨てるべく歩いて行くと、廊下から知らない女子がひょっこり顔を出した。うわ、びっくりした。


「あの、ちょっと、出て来てくれない?」


 女子が俺を廊下へと手招く。来たか。二日目にして来たか。


「何?」


 と素知らぬふりをして導かれるまま廊下の角を曲がり人気の少ない階段下スペースへとついて行く。


 あの、と赤くなってモジモジしている女子を見る。かなり派手だな。


 金髪の長い髪にカラフルな飾りをたくさん付けていて色がうるさい。カラコンやらつけまつげやら施されているのだろう、不自然に目が大きく、メイクが濃くて素顔が分からん。


 ブレザーのボタン全開で下のピンクのセーターを見せつけ、スカートが超短くて太もも丸出しなのにルーズソックスでふくらはぎは隠されている。


 うん。これギャルだな。


 この学校はギャルっぽい子が多くてスカート短い子だらけの天国なんだけど、その中でもこの子は気合の入ったギャルだ。


 どんな子にも絶対いいところがあるんだから、最初に告ってくれた子と付き合おうと決めていた。だがしかし、ここまで本格派のギャルか……告られたくなくなってきちゃったな。


「あの……昨日、入学式で校歌に合わせて踊ってる姿を見て一目惚れしました。私と付き合ってくれない?」


 どこで惚れられるか分からんものだ。


 ギャルっつっても、告る時にはこんな恥じらったりするんだ。ギャップヤバい。かわいいじゃん。


 いいよって言おうとした瞬間、昨日ウサギ小屋の前で見た比嘉の笑顔とか、さっき俺を見上げていた比嘉の目とか、昨日から今日にかけて目にした比嘉が頭に溢れて何も言えなくなった。


 あれ? 言葉が出ない。不自然な間があいてしまう。


 こんな変に間ができたんじゃ、OKしたって変な空気になるぞ、これ。


 ……しょうがない。変な間があいちゃったんだから。


「ごめん俺、こんな知り合ってすぐ付き合って簡単に別れたりしたくない。お互いよく知らないままじゃ君を傷つけるかもしれないでしょ? 俺、そんなの嫌だ。もう少し時間くれない?」


 俺もしもお前と付き合ってもすぐ別れるだろうしな。


「え……そうよね、私こそ、よく知らないのに付き合ってなんて言ってごめんなさい」


「ううん、うれしかった。ありがとう。まずは友達になってくれる?」


 と笑うと、ギャルも笑って


「うん、友達になろう」


 と言ってくれた。良かった。フラれた感なく付き合いを拒否れただろう。


 男たるもの、勇気を出して告ってくれた気持ちをむげにするような断り方はしたくない。優しくも男らしい女性への気遣いを忘れない男でなければ。


 でも……これじゃあ、中学の時と何も変わんねーじゃねーか!


 決めてたのに! 一番最初に告ってくれた子と付き合うって決めてたのに!

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