第2話 チャラいだけの男もウサギのケンカは止めに入る

 入学式が終わり、充里と教室へと向かう途中で、


「充里! 入谷!」


 と佐伯さえきに呼び止められた。


「お前ら超デカい声で国歌斉唱してたな! うちのクラスまで聞こえてたよ。まわり爆笑」


 お、ウケたか。そいつは良かった。


「おー、佐伯何組なのー?」


 充里が歩きながら尋ねる。


「俺、5組」


「遠いなー」


「行くことないからどうでもいいわ」


「冷たいな、入谷! 遊びに来いよ! 俺クラスに知ってるヤツいねーんだよ」


 佐伯なんぞ知るか。


 佐伯とは中2の時に同じクラスになって以来つるんできた。黒髪マッシュでメガネかけてる見た目はマジメそうな男だが、コイツほど女の子のことしか考えてないようなヤツを俺は知らない。


 1組の前まで来て、


「じゃーなー、ぼっちくんー」


 と手を振ると、佐伯は


「マジでひどいヤツだな! 入谷!」


 と叫んでるけど、佐伯なんか知るか。


 教室で担任の鈴木先生から大量の書類やら紅白まんじゅうやらをもらったら今日は早々に解散だ。


 イリタニな俺は窓際の席の1番前だ。真ん中の列の後ろから2番目の席のハコツクリを見ると、いい笑顔でソワと連れ立って教室を出て行ってしまうところだった。


 ……おい。俺に何も言わねーのかよ、自由人。


 ふとハコツクリの後ろの席のヒガが呆然とふたりを見送ってるのが目に入った。


 あー、そうか。比嘉も置いてけぼりくらったわけだな。声かけようか……いいか、やめとこ。何しゃべったらいいのか分かんねーよ。


 教室の前のドアから廊下に出た。


 1年生の教室は3階だ。2年と3年は2階なのに、1年だけムダに階段上らされて下ろされる。


 2階と1階の間の踊り場で、知ってる顔を見つけた。驚かせてやろうと、話し込んでる女生徒2人の背後にそーっと近付く。


「いいじゃん、内藤ないとう。私だったら付き合うけどねー」


「どっちかって言うと内藤より川蝉かわせみに告られてたらまだ付き合ったかもー」


 ほーん。相変わらずモテてやがんな、成海なるみ先輩。


「私は川蝉より内藤だけどなー」


「えー、そうなの?」


「俺だったら? 成海先輩」


 と、いきなり会話に割り込んでみる。


「わ! びっくりしたー! 入谷くん?!」


「お久しぶりです!」


 敬礼のポーズで笑うと、キャー! と成海先輩と戸田野とだの先輩が叫んだ。


「え! うちの高校来たの?! 入谷くん!」


「そうなのー。俺頭悪いの」


 我が下山手しもやまて高校は、全国偏差値ランキングで柏原かしわばら神咲かんざき高校と最下位を争うほどのド底辺高校だ。偏差値は似たようなものだけど、校名ですげー差付けられてるからこれもう実質全国最下位だな。


「俺が告っても断るの? ねえ、成海先輩どうなの?」


 と成海先輩の目を見て言う。真っ赤になった先輩が


「入谷くんだったら断らないけど……」


 と言い淀む。


「告んねーけどな。好きじゃねえし」


「もう! だと思ったわよ!」


 読まれてたか。俺もまだまだだな。


「充里は? もしかして、充里も下山手?」


「そうだよ。いきなり彼女作ってもう帰ったけど」


「もう彼女できたの?! 相変わらず自由人ねー」


「えー、イケメンコンビふたりとも下山手なのー? 頭ヤバすぎじゃん」


「お前らふたりもな」


 自分たちを棚上げしてよく言ったもんだな。


 また遊ぼうねー、と先輩たちと別れて、更に階段を下りる。正面に現れた壁に、「飼育小屋⇒」と貼り紙がある。……飼育小屋? 動物でも飼ってんのか?


 小学校の時はウサギと小鳥がいたからよく見に行ってたけど、中学はガラの悪い生徒が多かったせいか生き物はいなかった。久しぶりにウサギが草食うところ見たい。辺りに生えてた細長い草を何本かちぎって、ウサギ小屋を目指す。


 お! ウサギが4羽ほどいる。白いウサギと黒いウサギとグレーのウサギと白いウサギ。白ウサ1号と黒ウサがじゃれ合ってる。かわいいー。


 ……ん? コイツら、じゃれてるってかケンカしてねーか?


 黒ウサが白ウサにかみついている。白い毛にぼんやり赤いものが……血が出てる!


「やめろ! ケンカするんじゃない! 仲良くしなさい!」


 って言ったところで聞きやしない。そりゃそうだ。


 あ、エサでつってみるか! 小屋の網のすき間から両ウサの前に草を見せ、草に目が移ったところで両手をめいっぱいに広げて草を差し込んでみる。


 お! まんまと作戦通り、ケンカしてた2匹が分かれて草を食いだした。


「そうそう、仲良く食ってろー。まだ草あるかんなー」


 この草食ってる時の口の動きがすげーかわいいんだよなー。他の2匹も気付いて草を求めて近付いて来るけど、白ウサ2号は特に警戒心が強いみたいだな。


「もうちょっと近付いてくんねーと届かねーよ。はい、おいでー」


 ちっ、話の通じねーウサギだ。仕方がないから、白ウサ2号まで届くように草を投げ入れてみるも、草なんか飛ばないから届かない。


「来なかったお前が悪い」


 手に持ってた草は全部やっちゃったけど、まだ食べそうだ。新たに草ちぎって……


 と、しゃがみ込んでいた姿勢から立ち上がり振り向いたら、すぐそばで比嘉が立ってこちらを見ていた。


「うわ! びっくりした!」


「わっ」


 思わず叫んだら、比嘉が両耳を手で押さえた。


「声が大きい! その声にびっくりしたわ」


「あ、悪い」


 俺、元から声がデカい上に超びっくりした分かなりの大声が出た。


 え? なんで比嘉?


 比嘉は小屋の前にしゃがみ込んでウサギを見始めた。ああ、俺と同じく、飼育小屋⇒を見て来たのか。


「えーと……曽羽は?」


 無言でウサギを見てるのも気まずいから何か話そうにも、俺はほとんど比嘉のことを知らない。


「帰っちゃったのよ」


 だよね。俺も見てた。


 草をちぎって、しゃがんでウサギにやりながら話を続けるべく頭をフル回転させる。


「曽羽と同じ中学だったの?」


 当たり前だろ。あんな仲良さそうなのに同じ中学出身じゃなかったら逆に驚きだわ。


「そうよ。中2の時に私が愛良のクラスに転校したの」


「へ、へー。転校生だったんだ」


「そっちも同じ中学校だったの? どこ中?」


「俺らは桜三中」


「桜三中?」


 ちょっと距離を置いてしゃがんでいる俺の方へ比嘉が顔を向ける。おう、その急に振り向くのやめてほしいんだけど。心臓がビビるんだけど。


「ヤンキーが多いで有名な中学じゃない。うちの中学では桜三中の生徒とはしゃべらないようにって朝礼で言ってたわよ」


 引くな。中学名を聞いただけで引くんじゃない、失礼な。


「俺たちはヤンキーじゃないからしゃべっても大丈夫だよ」


「桜三中出身でもウサギと話する子もいるのね。意外だったわ。入谷ってヤンキーって言うより、ただチャラいだけって感じだもんね」


 比嘉が笑った。うわ、かわい……。


「ただのチャラ男扱いかよ」


 笑ってくれたおかげで、ちょっと緊張がほぐれた。自然と俺も笑顔になる。おし、この調子ならしゃべれそう。


「ウサギってケンカ激しいんだなー、こんなにかわいいのに」


「なわばり意識が強いのよ。オス同士は特にケンカで大ケガさせちゃったりするから、これくらいで止めてあげられて良かったわ」


「へー、ウサギに詳しいんだ」


「私が知らないことなんてないわね」


 えらい大きく出たな。自信満々じゃねえか。


「へー、このウサギたちは全員オスなの?」


「知らない。ここから見てるだけじゃ分からないわよ」


 いきなり知らないことあるんじゃねーかよ。さっきの自信満々な物言いは何だったんだ。


「足しびれてきちゃった。帰ろ」


「え、もう?」


 せっかく調子出てきてしゃべれるようになったのに。比嘉が立ち上がったのに続いて俺も立つ。


「じゃあね、また明日」


 と、ひざ丈のスカートをひるがえして比嘉が笑って手を振った。


 おう。心臓が飛び出ても不思議ないくらいドキッとするんだけど。何これ。


「あ、また明日」


 ドキドキしながらもなんとか笑って手を振った。あー、何なんだこれ。なんで比嘉はもういないのにまだ鼓動がこんなに速いんだろ。

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