尊い

中川さとえ

とうといとうとみのおうみのみととうとみとにとうとし。

吐きそう。

叫びたくて吐きそう。

推しの写真を見てるだけ。

なんもしない。したくないし。カナシイ、何してもカナシイ。会えないとトオイ。会わないと遠い。ライブもない、コンサートもない。何より日本にいないから、推しは来れないし。アタシもいけないし。パスポートあるよ、チケットもかえるよ。でもいけない、そんなのがもう一年と少し。

イチバン悲しいのは、会えなくなったらあたしにかけられた魔法がどんどん消えていくこと。

泣きそうなのに、ほらナミダでてきてない。

あたしはまだまだ修行が足りてなかったのかな。魔法がどんどん消えていくのかすごくカナシイ。

推しの写真みたら、ううん、思い出すだけでさ、鼓動はバクバク、涙腺崩壊で知らず名前を叫びだして、過呼吸な息継ぎだから吐くどころかあるもん全部でる。出た。腸も出たかな感覚。いけない魔法。最強で最高の魔法。世界がどうなったってあたしは至福のまま停止できるその魔法。

推しがあたしにかけてくれた魔法が、…どんどん消えていくような気がする。

そうだよ。買ったよ。推しのサイトで。ぽちっとするたび奮える蕾が産まれてさ開くよ開くひらいたんだ、いっぱいいっぱい。

追いかけた。追いかけたよ、チケットとってバスや電車や飛行機もとって。夢中だよ、それは蕩けるステキな時間だった。

くそがっ。

おまえらと一緒にすんな。だから牡はダメなんだ。萌え萌えなんぞ便所の後ろでフザケてろ。

あたしらは見返りは求めない。おまえらと決定的に違うのがそこだ。

金も愛も時間も手間も全部注ぐ。全部注ぐ。

金蔓のどこが悪い。

金蔓であり続けるのはなかなかに大変なんだ。けど黙って金を用意し続ける。なんでか、て 愛してるからだっ。金蔓で有り続けるは究極の愛の示しかたなんだ。あたしらは喜んで金蔓であろうとするぞ。

ブサイクなおっさんらと一緒にすんな。奴等は金蔓になる勇気となり続ける気概を持たない。

「…さん、西尾さん。」

「!はっはい。」

「差し替え頼んだあれ、出来てる?」

「あ、はい。修正済んでます。」

「良かった。じゃそれ三角さんに渡しといて。」

「はい。」

こっそり隠す推しの写真。

替わりに手にもつ書類束。

イケメン上司などいるわけはなく。

机シマの角を曲がって三角さんとこ。

「三角さん、これお願いします。」三角さんは先輩だけどおとなしい。マウントを取りに来たりはしない。

黙って出された彼女の手に原稿を渡したそのとき、囁かれた。

「西尾さん、…推しはカンコクインディーズですね。」うおぉっ。み、三角さん…。


ふたりでこっそりランチする。三角さんはお弁当、あたしはコンビニランチ。

「…なんでわかったですか?三角さん。」

もぐもぐもぐと食べなから

「ずっと…探ってたんです。」…うわ、このひと。

「西尾さんは"こっちがわ"だと思って。推しはどこか、と。」「…三角さんがわだ、とバレましたか、」

三角さんはこくこくする。

「西尾さんは華やかな方だから、他の人は気がつかないでしょうけどね。我らには解ります。おなじ"かほり"ですから。」

確かに確かに。私もわかりますよ、三角さんの。当てますね。BLです。ふじょしの王道ですよね。

「むー…、私分かりやすいですか。」はいとても。

三角さんはちょっと不満そう。やーでも良かったです。「え、そうなんですか?」はい。これでランチとかきゃわっきゃわっとかきゃっきゃってこっちょり出来るじゃないですか。

「そうなんですよ。西尾さんとならそっちの会話してもいけるんじゃないかと。ずっと思ってたです。」


以来あたしらはそっち系の話題の会話が会社の休み時間にできるという幸福を手にいれた。


「も、全然会えない、てか見れなくて。」もうほんとに魔法は解けたかもしるない。あたしが嘆くと「海外でインディーズだとキビシイすね。せめてコロナは明けないと、なんとも」と慰めてくれる。しかし、「…仔犬も仔猫もすぐ親になる。」そこな。ぴえんやぱおんなぞではおさまらんわっ。ごぉぉって、哭いてやる。

「なかなかに3次元はキビシイ。」そうなんす。

「ま、だからこその一瞬と。」…私はウツロイヲ受け止める根性が無くてずっと2次元です。と三角さんは恥ずかしそうに笑った。

あ、あたしアニメも行きますよ。もともとアニオタだったし、推しが見れなくなってからアニメに戻りつつあります。「あ、私はコミックなんです。もちろんアニメがダメなんじゃないですけど。」…王道ですね、あれですか?「そ、声優さんの声が、ですね。私のイメージとずれてしまうと見るのが辛い。」じゃスマホゲームもできない?「あ、それはしてる。」するんかいっ。あたしらは大笑いした。西尾さんしてる?あたしのはBLでないやつ。フツーに育成してる。あ、あたしそれもしてる。うわ、なんでもありやん。


内容の系統は変わらないけどあたしらの口調はどんどんタメ口になっていって、使うコトバもどんどんフツーの女子ぽくなっていってた。(内容はともかく。)


「ニッシィ、聞いて。」みすみんからLINEがきた。「どしたの、」「マッチングアプリ入れた、」「…なんで?」「親戚の姉さんが家にきて断れんかったよ。」

「うわ。じゃあ、しれっとしのいで、こっそり退会、とか?」「うん、そうしようと思ってる。」

そういったよな。

でも「結婚します」てみすみんからきたとき、あたしは全然驚かなかった。

なんとなく、だけど。みすみんは、リアルに出会ってしまったらすぐ堕ちるかなてそんな気がしてたから。

「BLは浮気に持ち込みようがないから全然構わないよ、っだって。」

みすみんが嬉しそうに報告してきた。トロットロの笑顔で。コトブキ退社もしちゃうんだって。

ちぇ、いいなぁ。でもおめでとう、みすみん。

あたし?あたしは…当分金蔓愛を真っ当するかな。

「だめだよ。それは無駄遣いだ。男にとってもよくないことだよ。」そういったのはみすみんの旦那になるカレ。

なんてゆーか、イケメンとびしょーねんの対極だけど…めちゃいいお父さんになりそうな人。

「ニッシィ、今度家にお出でよ(もう新居を構えてる)俺の友人呼ぶから、紹介するよ。」はあ…。「こいつボーッとし勝ちなんだけど、いいやつなんだ。」写真がある。おおお、「イケメンだろ?タッパもあるのよ。」は、激しく同意。でもなんで?

「んー、恐ろしく鈍い?自分がイケメンて気づいてないし。ずっと男子校で俺と一緒だった。」…あなたはともかく、もしかしたらカレは、

「だいじょぶ。俺と同じく奴も女の子が好き。」

「このひとの学校時代の写真にね、このカレが写ってて、も、絶対ニッシィの好み、ニッシィにぴったり、て思ったの。」

みすみんがすごいドヤ顔で割り込む。

………。

サーセッん。ぢゃあ、よろしくお願いしぁっす。ぺこり。


尊い尊みの近江の湖と遠江湖とに尊死。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

尊い 中川さとえ @tiara33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説