ACTion 08 『それは、深夜の目撃』

「ふぅーん……」

 間延びした独り言が漏れる。響く店内は静まり返る夜からも取り残されたかのごとく、冷え切っていた。

 昼夜のない宇宙空間でジャンク回収作業を行うジャンク屋たちに、営業時間の設定をせず門戸を開いている店も多いが、まだデミにはそこまでの余裕がない。営業時間はここ惑星『Op1』の自転通り、明るいうちのみと定めていた。そうして夜をだまだ足りない商品知識の勉強に、早く大人になるための睡眠時間にあてがっている。

「積乱雲鉱石の手続きって、やっかいなんんだなぁ」

 気遣う相手がいなければ言語は自然、造語を離れていた。デミは灯りを落とした薄暗い店のカウンターで立ち上げたギルドネットを眺め、鼻溜を振る。

「結局、鉱石の価値が分からないから先物取引と同じになるんだなぁ。そんなの持ってこられちゃ困るよ。価値も分かんないのに、積乱雲鉱石だから高く買えってウルサイだろうし。っていうか、そんな大金、ウチにないし。鑑定だって機材がないから本部に依頼しなきゃなんないのに、何の価値もない、ってことになったら特殊鑑定代ごと丸損だし」

 つまり中間業者となるデミたちが積乱雲鉱石を扱う場合どう目が出るか、大博打としかならないのだった。

「ぷぅ」

 周辺情報を頭へ詰め込みデミは、カウンター前から身を仰け反らせる。椅子へ深く身をもたせかけていった。

「アルトがいてくれなかったら、ぼく、ややこしいことに巻き込まれてたかも」

 力なく鼻溜を震わせる。

「ホントにこんなので、やってけるのかなぁ」

 今まで薄々と感じてはいたものの、だからこそあえて口にすることを避けていた思いをついに吐き出す。心細さを倍増させると裏付けて、結局、今日もあのレンデムの女を覗けば客はアルトだけだった。

 その手が自然と買い取った品物へ伸びてゆく。デミはカウンター側面のロックを押し込み、引き出しを引き抜いていった。保管していたあの基盤を取り出し片眼へマイクロスコープを挟み込むと、自らの仕事を確認して引き寄せたスタンドライトの下に四十センチ角の板を差し入れる。

 と、のぞきこんで息を詰めたその時だった。

 着信コールは鳴り響く。

 見ればギルドネットを介した通信だ。発信元は惑星『アーツェ』。サスからのものだった。

「おじいちゃん!」

 音声だけでは足りず、慌ててマイクロスコープを外したデミは映像回線を開く。とたんカウンターに埋め込まれたモニターの隅に、すでに懐かしいものとなってしまった『アーツェ』の店内とサスは映し出されていた。

「こっちにおったのか。遅くまでがんばっとるようじゃの」

 これまた声は懐かしく、すぐにもデミの鼓膜を心地よく揺さぶる。

「うん! 忙しくて忙しくてさ、寝てる間がないんだ」

 無論、吐き出した言葉は用意していたようなウソである。

「元気にやっておるか?」

「もちろんだよ。おじいちゃんは?」

「わしはお前が元気なら、何も言うことはないわい」

 気づいているのかいないのか、サスは相変わらずの貫禄を、それでいて飄々と放ってみせていた。

「よかった」

「それはそうと振込みの方、今、確認したぞ」

 『アーツェ』とここでは、昼夜の区切りにズレがある。

「見てくれた? あれで全部終わりだよね。アルトの支払い」

 とたんサスの目じりは細められていった。

「ふむ。あやつめ、元気にしておったか?」

超新星爆発ハイパーノヴァに遭遇して、頭にこぶ作ったってボヤいてたよ」

 デミは笑い返す。

「それだけで済んだというなら、あやつらしいもんじゃ」

 そうして思い起こした昼間の会話に、大事件があったこともまた思い出していた。豪快に鼻溜を振るサスへ、あからさまに変えた声で切りだすことにする。

「でさ、おじいちゃん」

 その胡散臭さがサスに伝わらぬはずもないだろう。

「なんじゃ?」

 即座に笑みを消し去りサスも鋭く瞳を光らせ答えた。応えてデミは聞かれてはいけない話をするかのように、神経質とこう鼻溜を振って返す。

「今日、聞いたんだけど実はアルトに……」

 などと身を乗り出せば、カウンターの隅に放り出されていた基盤にヒジは触れていた。それきりカウンターから落ちる。

「あっ!」

 気づいたデミが声を上げていた。

「どうした?」

 そんなデミの足元で、床に突き刺さった基盤はボールか何かのように跳ねる。性能が大事なのではないとしても売り物であることには間違いなく、デミはその身に合わぬ高い椅子から慌てふためき飛び降りていた。慌てて基盤を拾い上げ、すぐさまその場で片眼へ挟み込んだマイクロスコープで表面をのぞき込む。ざっと観察し、マイクロスコープを外して裏返した。なら本日唯一の商品であり、その純度からいつもの五パーセント増しで買い取ったそこに、板を二枚に裂いて入ったヒビを見つける。

「あーあ、傷モノになっちゃった」

 泣きそうな思いで指先をあてがっていた。感触で状況を確かめる。だが引っかかった指が、そのヒビを弾くことはなかった。ヒビだと思われたそれは突如、ベロリと剥がれる。

 デミの目はおもわず細められていた。

 マイクロスコープを挟むまでもない。パッケージの開封口ほどにも大きくなった裂け目を恐る恐る、つまみなおす。

 引っ張れば表面の文様のようなラインごとだ。それは一枚のシートとなって後から貼り付けられたことを物語り、基盤から綺麗さっぱり剥がれていった。トランジスタさえシートの一部とめくれたなら、完全なハリボテであったことをデミは知る。何しろトランジスタの位置だけ刳り貫かれた板に、淡いベージュ色をした固形物は落とし込まれていたのだった。

「……なんだろう。これ?」

 目にして、残りも一気にシートを剥がしきる。

 基盤の中から固形物をつまみ出した。

 急いでスタンドの首を引き寄せ、光にかざす。

 とたん固形物は中心を淡いパープルにぼんやり染まって光りを放つと、回りを血が滲んだようなピンクへ変色させていった。すかさずマイクロスコープを片眼へあてがう。様子をデミは食い入るように観察した。

 ならクローズアップで見た固形物はブレ補正の効いたレンズの向こうで八角形の分子を規則しく並べ、しかしながらわずかスタンドの光からズレたそのときだ。性質すら変えかねないダイナミックさで配列を変化させた。それはまるで日の光に花が開き、夜の闇に閉じるような動きとデミの目に映り、しかしながら固形物そのものの輪郭に変化こそ起こらない。

 初めて目にしたそれは単に勉強不足だからか。

 デミは唖然として、その目からマイクロスコープを外していた。

「何だろう、これ……」



『おい、そいつは俺がこの間、潜り込んだ船の偽名だぜ』

 そしてアルトは目を丸くする。

 間違いなくそれら船名は、さきほどデミの店で卸した粗末な収穫の出所だった。使っていた複数の偽名を覚えているのは判然としなかった船の経歴を辿るべく、しばしイルサリと共に調査にいそしんだためである。

『潜り込んだ?』

 とたん彼女の目は、テーブルの向こうで鋭さを増していた。

『まさかあなた、彼に何か酷い事をしたんじゃ……!』

『待て、待て。俺が入ったときにはすでに中はもぬけのカラだった』

『じゃあ、一体?』

 どうやらアルコールが回っている分、血の巡りも早くなっているらしい。荒々しげに投げかける。

『恐らく、船賊がらみだな』

 全くもって、いい話などひとつもなかった。だが知らぬ彼女は躊躇せず踏み込んでくる。

『どういうこと?』

『あんたには悪い話ばかりで申し訳ないが……』

 アルトは言っていた。

『ワソラン。わたしの名前は、ワソランよ』

 早口に彼女は名乗る。

『ワソラン、ジャンク屋は強盗じゃないんでね』

 アルトは呼びかけなおすと続けた。

『放置船にしかもぐりこまない。その船は恐らく船賊の強襲を食らってそうなっちまったらしい。スワッピングマニュピレータのツメ痕が船側にはっきり残っていいるのを俺は見た』

『ウソよ』

 とたんワソランの表情は凍りつく。

『ウソじゃない』

 正面から捉えてアルトは言葉をかぶせていた。

『そんなこと、あり得ないわ』

『言われてもだな』

『あなたの見間違いよ。信じない、絶対に!』

 テーブルを叩きつける。その勢いに驚き跳ね上がった二本の棒切れが皿の上から右へ左へ転げて落ちた。

『そんな話、信じない。わたしがこの目で確かめるまで……、信じるものですか!』

 目もくれずワソランは叫び、だからこそ決心しもする。

『確かめるわ。何もかも! 連れて行きなさい。今すぐわたしをその船まで。連れて行きなさい』

 いや確かにこんなチープな場所で、しかも初対面同様の相手に聞かされるような話ではないだろう。

『だったら光学バーコードに座標を移してやるよ。俺の船に戻れば』

 それもこれも口出しした責任だと、アルトは席を立ちかける。だが前でワソランは首を振ってみせていた。

『いいえ。連れて行ってと言ってるでしょう。あなたの船で行くわ』

『はぁ?』

 言い切られてアルトは思わず唇をひん曲げる。

『ここまでくるのに観光船だったなんてワケないだろ。自分の足を使えよ』

 そもそもメンテがまだ途中だ。だがワソランは引き下がらなかった。

『さっき言ったはずよ。事情が変わったって。わたしの船は使えない。だからこんな所で飲んでいるんじゃない』

『どういうこった』

 とたん、勢いを削がれたようにぼそりとワソランはこぼす。

『駐禁でレッカーされたの。罰金を払うにも、数日経たなければ手配したお金はカードに転載できない』

『どんくせぇ奴だな』

『デフ6エリアのサイズが小さすぎるのよ』

 その点には同意するほかない。

『もし、その船に本当に彼が乗っていたなら待ってられないわ』

 加えて言うなら、アルトがリストを拝借した回収業者が船を放置船として回収してしまいかねなかった。それこそリサイクルされてしまえば、手がかりは丸ごと消えてなくなるだろう。

『あなたの船はどこ?』

 再びび勢いづいた口調でワソランが確かめる。

『あの店で馴染みのジャンク屋だって言ってたわね。もしかして、あのビルの上に停まっていたスクータ? あのぼうやじゃ、まだ免許は取れないはずだわ』

 あも、うもないとはこのことだ。

『行くわよ。ついてきて』

 立ち上がる。早いかワソランは遮幕を潜り抜けていった。

『お、おい、何を勝手にッ』

 噛みつき、アルトも追いかける。

 だがすでに背丈分だけ歩幅も大きい彼女の背は、四つの個室前を通り抜けるとカウンタースペースへ消えようとしている。慌てて走ればオーナーに支払いを済ませる素振りすら見せず、扉を押し開けていた。

『ちょっと待て、おいッ。おま、金ッ』

 狼狽するアルトを見つけたオーナーが、相手をしていたカウンターの『デフ6』から顔を上げる。

『今日の鳥、イケてたでしょ』

 忙しさもピークを過ぎたせいだろう。客からのもらい酒にその顔は少しばかり赤くなっていた。

 答えることなくアルトは懐から抜き出した決済カードを一方的に突きつける。

『まとめて、頼む』

『まとめて? うちは分割なんてしてないよ』

 やたら陽気に受け取るオーナーは、確かな手つきで決済カードをリーダーへ通してみせた。

『はい。まいどあり』

 見向きもしないアルトへ返す。

 確認して一目散、アルトはワソランを押しとどめるべく『ips』を飛び出していた。



 アルトの隠し子話も中途半端のまま通信を切ったデミは、あれから店にあるだけの機材を動員すると基盤の中から現れた固形物の鑑定に没頭していた。だが、いかんせん十分な機材のない店で満足な答えを出すことは出来ず、すぐにも固形物の正体はお手上げとなってしまう。

「んー……」

 唸って腕を組み、鼻溜を捻った。さすがに睡魔ものしかかって、頭も思うように動かない。一度、休んだうえで再度検討しなおすかと、その目をカウンターに埋め込まれたモニター端の時計へと向ける。 

 もう深夜だ。

 漏れ出すあくびに目じりへ涙は滲み、拭いながら背伸びをするとカウンターの電源を落としてデミは、裏側のスイッチへ手を伸した。

「おやすみ……」

 それは独り言のハズだ。

 だが返事は返される。

 驚き、デミはその手を止めていた。

 慌ててあたりを見回す。

 もちろん店の中には誰もいない。

 と、また同じ声は聞えてくる。

 表だ。

 続けさま、ビルの外付けの階段を上る足音が、くぐもり耳に届いていた。すりガラスになっている小さな覗き窓へ、呼応するように上る何者かの影が映り込む。

「なんだ。アルトもまだ寝てなかったんだ」

 びっくりしたと、デミはもうひとつあくびを吐き出した。

 だが、よくよく見れば、そんなすりガラスにはシルエットが二つ、映りこんでいる。

 あくびも半ばで、デミの頭上へクエスチョンマークは点滅した。ならば手順はシンプルを極める。カウンターのモニターを、以前の持ち主だったトラがつけていた防犯カメラの映像へと切り替えた。防犯以外、特に何も期待されていないカメラの映像はすこぶる悪いものだったが、すぐそこに階段を上るアルトの背中は映しだされる。そしてその向こうに、見慣れぬ後ろ姿を重ねた。

 映像の悪さと、すでにフレームから飛び出してしまっているせいではっきりとは見て取れはしなかったが、見慣れぬ後ろ姿は万族共通、女性ならではの丸い腰つきをしている。

 デミの目が、一瞬にしてすわっていった。

 やがてぼそり、振ったのは鼻溜だ。

「……ぼくが一緒じゃないからって早速、女のひと、連れ込んでる……」

 残念ながらたったひとつの事象が持つのは、実に多くの解釈、ということらしい。

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