ハードボイルドワルツ有機体ブルース２ 積乱雲チェイサー

ＡＣＴion 04 『レンデムの女と積乱雲チェイサー』

『いらっしゃい！』

　デミがすかさず鼻溜を振ると出迎えていた。その代わり身の早さこそ、ここしばらくの苦労が身につけさせた芸当か。アルトの脇から突き出した顔には、過ぎることのない営業スマイルもまた浮かんでいる。

『買い取り希望？　だったら……』

　だがその芸当がアルトへ披露されることはない。

『この無責任な女たらしとはちょうど今、話が終わったたところなんだ』

　意味ありげにチラリ、視線を投げやり、再びのスマイルを客へ投げかけた。

『商品を見せてよ。モノによれば勉強しちゃうよ』

　もちろんアルトにその差を見逃すことも、大いなる誤解を聞き逃すこともできはしない。

『おいッ。結論出すのはまだ早いってのッ。だいたい俺を信用できねぇのかよッ』

『遠慮なく奥へどうぞ！』

　だが無視を決め込むのだから力づくだった。

『聞いてんのかッ？　てめえ』

　アルトはその視界を体で遮る。

『見えないよ。そこ、どいてってば』

『冗談、させるか』

『ぼく、今から仕事なの』

　邪魔だとデミが避けたなら、塞ぐアルトはそちらへ飛んだ。

『こちとら名誉がかかってるんだ』

　繰り返せば華麗な反復横跳びとなり、冗談のような攻防はすぐにも反射速度の上限へ達する。だからして至った膠着状態に、カウンターを挟んで両者はぐっと睨み合った。

『もう、いい加減にしてよ』

　ぷう、とデミも鼻溜を膨らませる。

『さてはお前、みんなに言いふらすつもりだな』

　それはいくらも付き合いを積んだ者の勘だ。

『知られて都合の悪いことしたのはそっちじゃないか』

　当たりと、絞れるだけの凄みを絞り出すデミに折れる様子はない。

『俺は無実だ、ナニもしてねぇッ』

『ホント、可愛そ過ぎる』

『誰が？』

『決まってるでしょ。そうやってアルトがシラを切りとおすうちは、みんなで守ってあげなきゃ。そのためにも知らせておくの』

　鼻溜を振り切るデミの目が白く曇ってゆる。

『ん……、んなッ……』

　食らえばアルトの口は空を食んでいた。

『ん、な応援はいらねぇッ。お前、まずヒトの話を聞けってのッ。 俺が言ってるガキってのはだなッ』

『違うわ。聞きたいことがあるだけよ』

　遮り、凛としたハスキーボイスは割り込んできていた。

『が……、だ……き、聞きたいこと、だと？』

　怒鳴り返せずアルトは返す。

『な、何かな？』

　思い出したようにデミも、完全な作り笑いをめいっぱいに浮かべなおした。

『簡単なこと』

　なら女はカウンターへと歩み寄ってくる。長身はなおのこと際立っていた。

『ここは積乱雲鉱石を扱っている店かしら？』

　問えば額から頬へ、滴り首から頬骨へ、『レンデム』種族独特のエメラルド色したウロコ模様が揺らめき光る。

『積乱、雲、こうせき？』

　見上げて繰り返すデミは、まるで初耳だと言わんばかりだ。

『手続きは可能かしら？』

　だからして超特急となった。端末を弾き始める。手続きを行うためではなく、積乱雲鉱石に関する資料をギルドネットから早急に取り寄せにかかった。

　仕方ない。その実、積乱雲鉱石と言えばサスでさえ倦厭する胡散臭い話だった。昨日、今日この世界に入った者なら知らずとも当然で、アルトこそ口にした女へ眉間を詰めてゆく。デミに代わると対応してやる気持ちをそうして固めていった。

『あんた、積乱雲チェイサーなのか？』

　聞えてデミの動きも止まる。

　スリットのようなまぶたからのぞく女の瞳はそんなデミの頭の上で、静かにアルトへ向けなおされていった。

『そうね』

　追いかけ、ゆっくり体もまた動く。

『だとしたら？』

　形のいい額の上を、またもやウロコ模様はきらめき駆け抜け、向かってアルトは首をかしげていた。

『残念だが、ここはまだまだ若葉マークのギルド店舗でね。そんな物騒な輩との付き合いもなけりゃ、そこまで値の張る商品も扱っちゃいない。もちろん今後のまっとうな経営も含め、青少年の健全な育成のためにも胡散臭い話はこっちからお断りさせてもらうつもりだ』

　客だと思っていた相手に吐きつけられたせいだろう。怪訝と女の繰り返すまばたきは機械的だった。

『あなたは、この店の何なのかしら？』

　値踏みでもするかのようにアルトを見回し問いかける。

『ただの客だが、それ以上ってとこだな』

　させておいて、アルトはこれ以上ないほど簡潔に説明した。聞いた女の視線が再びそんなアルトの顔へ据えなおされる。

『ジャンク屋、ね。馴染みの』

　隠す理由はない。アルトはひとつうなずき返した。なら話が通じるのは店主と思しき若い『デフ６』ではなく、この『ヒト』の方だと彼女は考えなおした様子だ。

『ＸＮＧＣＹ１９９０ＺＺ、特に何か巻き込まれた訳でもなかったため、爆発は観測されてもたいした記事にはなっていない。周囲には光速入り口が三つ。これが知る限りの超新星爆発の核座標と拡散残骸の状況。そして三つの光速入り口から最も短時間でたどり着ける場所が、この惑星だった』

　などと、今度は聞かされたアルトの方が瞬きを繰り返す番となる。

『それが？』

『ジャンク屋なら少しは噂を聞いていないかしら。この件にかかわらず、積乱雲鉱石を手に入れたチェイサーの話を。換金契約を結んだチェイサーがいるという話を。もう、それしか考えられない』

　最後、付け加えた彼女の眉間へ、第三の目が開いたようなシワはそうして一本、刻まれる。

『やけに闇雲な話じゃないか』

　見て取ったアルトが即答を避けたのは、単にもったいぶったからではない。

『聞いているの？　いないの？　わたしが知りたいのはそれだけ。巷に溢れているような話じゃないでしょう？』

　おかげで女の顔にもようやく感情らしいものの片鱗が滲み出てくる。

『あんたはその積乱雲チェイサーを追いかけてるってワケか』

『関係ないわ』

　言う顔へ、望み通りにしては貧相な回答をアルトは披露することにした。

『あいにく俺は積乱雲鉱石には興味がなくてね』

『つまらないヒト』

　言われたところで、いちいち食って掛かるほどでもない。

『積乱雲なんて商売にするもんじゃないと、思うがね』

『彼は、お金のために追いかけていたんじゃないわ……』

　吐き捨て女はそこで話を切り上げる。

『無駄な時間はないの。何も知らないなら、もう結構』

　さよならの代わりだ。アルトとデミを交互に睨んだ。

　鋭さに思わずデミは怯むが、だからこそどうにか店主の威厳を保とうと、咄嗟にこうも鼻溜を振ってみせる。

『ほ、他に商品はないの？』

　ドアへ振り返りかけていたレンデムの女の動きは、そこで止まっていた。

『ふん、こんな役立たずの店』

　捨て台詞をデミへ浴びせる。それきりだ。店を後にしていった。

　だからして「死亡」していたデミが我を取り戻したのは、そんな女の閉めたドアの音が思いのほか激しく店内に響き渡った後のこととなる。取り戻した正気はプライドもまたも呼び覚ますと、とたん悔しさと情けなさにぐにゃり、デミは顔を歪ませていた。こらえ切れず両目へ涙を溜めたかと思えば、鉄砲水だ。一気に溢れさせる。

『ぐやじぃよぉー！　役立たずって、役立たずって、言ったぁー！　ひどいよぉー！　あんまりだよぉー！』

　もうこうなれば、サポジトリ二位の卒業成績も、ギルド店舗のれっきとした経営者もあったものではない。

『泣くな、泣くなって。お前が悪いんじゃないから』

　アルトも慌てて慰める。

『ぼく、頑張ってるのにぃー！』

　その声は猛獣がごとく。

『そうとも、よくやってる。お前は、よく頑張ってるッ』

『ひどいよぉ、そんなのないよぉー！』

『よ、よッ、デフ６希望の星ッ』

　などとはやし立ててみたものの、そんな自分にこそ無理を感じていた。

『……ったく、ガキはこれだから』

　ついぞ漏らたが最後となる。

　聞き逃すハズこそないデミの泣き声はそこでピタリ止み、気づいて絶対零度、アルトもその場で凍てついた。なら次の瞬間だ。改め火がついたように泣き始めたデミの咆哮に、さらなる凄みは加わる。

『すまんッ。俺が悪かったッ、悪かったって』

　とにかくだ。カウンターの向こうへ回り込む。

『ハグ、ハグ。ハグしてやるから、とにかく落ち着けって』

　その後、デミが泣き止むまでアルトがそぐわぬ奉仕の精神を要求されたことは言うまでもない。そしてそれがたかが二百八十ＧＫを手にするための労働の一部であることを自覚したならなおさら何をやっているのか、アルトはただ遠くを見つめていた。