ACTion 05 『そして、やもめの午後』

 通りを八エリア。

 ハイドロエチルブロックパックの小売店を、左へ。

 この店はいかにも混ぜ物が多そうなので、利用したことはない。

 横切り伸びる緩い坂は、雨に濡れるとやけに滑りやすい独特の青みを帯びた石畳だ。

 『デフ6』開拓地域独特の低い軒は、その辺りで途切れる。

 向うに、ハイブリッドバイオプラントのみずみずしい緑が覗いていた。

 「けやき」と呼ぶことは、最近知った事実である。

 通りの両側を賑やかに彩っていた。

 並ぶ建物の寸法は、そこでアルトの背丈と合致する。

 加工惑星『Op1』、その『デフ6』開拓地域を抜け出しアルトは『ヒト』開拓地域へと潜り込んでいた。



 デミが落ち着きを取り戻すまで予定外の時間を費やし、のち積乱雲鉱石と積乱雲チェイサーの簡単な講義を済ませて店を出たのは『Op−1』の濃紺の空に水墨画のような黒い夕闇が押し迫る頃だ。

 ちなみに積乱雲鉱石とは超新星爆発によって飛び散った超新星残骸が、別の超新星残骸と干渉することによって、何かにつけてゴミの多くなった宇宙空間の浮遊物などへ物理、もしくは化学気相成長。果てに出来上がった結晶体のことである。そのほとんどは極少、微小の結晶体だったが、ときに巨大な結晶を形成し、どういう偶然のイタズラか自己結晶過程において未知の新素材と化すシロモノも存在していた。

 積乱雲チェイサーとは、そうした鉱物のみを回収する一攫千金を狙ったハンターの呼び名だ。そしてその呼び名が超新星残骸チェイサーでないのは、プラズマ現象も激しく、放射線を吐き出しながら光速以上のスピードで広がる爆発余波の残骸の中へ突っ込んでゆく様が、傍目から見るとちょうど稲妻光る成長後期の雨雲、積乱雲へ突っ込む様にそっくりだと言うところからきていた。

 おそらく名づけたのは参照された気象現象から察して『ヒト』だろう。

 無論、行為に危険が伴わぬハズはなく、彼らの末路は航行不能のうちに残骸のガスに巻かれて消息を絶つ、というのがおおむねでもあった。

 知ってもなお追い求める彼らのたいがいは、地道な作業に嫌気のさしたジャンク屋あがりのならず者だ。回収したモノによっては一生ハデに遊んで暮らせる金が手に入るのだから、ハイリスクハイリターンをいとわぬ輩がイチかバチかでチェイサーになり下がっていた。

 そしてそれほどの大金が動く換金だ。ギルドとの間の事前契約は必須で、大金が絡めば絡むほど両者間のトラブルは絶えない。まっとうなギルド換金店舗ほど取り扱いを渋る、これが理由というわけだった。

 納得したデミにいつもの笑みが戻れば長居は無用となる。



 そうして店を出たのは、十五分ほど前のことだ。

 ジャンクを回収し、売ればそれで全てが終わりと言うワケにはゆかない。アルトがこなさなければならない生活と言う名のルーティンワークは、そうして始まっていた。

 なにしろ働けば腹が空いた。食えばがぜんモノが出て、モノが出ればまた腹は空く。現場を離れてしまえばどんなジャンク屋もみな同じで、待っているのはそれらルーティンに忙殺された地味な毎日だった。

 迫られるままさしあたってアルトが向かったのは、「ニューヨーク・ホンダ」と言う名のスーパーマーケットだ。アルトの行動パターンを先回りしたイルサリが、ご丁寧にも残して行った地図に記された店である。

 迷うほどもない町並みの、けやきの間からのぞく赤とオレンジの看板を見上げてアルトは自動ドアの向こう、ウィルスカーテンもまた潜り抜けた。

 店内に流れるBGMは、ありえないことに水滴を転がしたような音色のビューテフルサンデーだ。強制的に聞かされながら、脇に重ねられた華奢なカートを引っ張り出す。

 その目に最初、三個パックが破格だった愛用のシェービングクリームが止まったなら早速、カートの中へ放り込んでいた。立て続け、おとつい切らしたバキューマーの紙パック十枚組を一つと、食らった超新星爆発の揺れでどこへいったのか分からなくなったシリコンマグカップの代わりを一つ。手触りが気に入った綿タオルを一枚に、使い捨て用のCO2エコペーパーを五つ落とし込む。

 その後、あまりにも使わずに放っておいたせいで中身が蒸発していた万能洗剤の詰め替え用パックを一袋と、ドライシャンプー三十倍濃縮を一つ手に取り、さらには一口コンロの取り替え用電熱線と、火傷から虫刺さされにまで効く万能軟膏「ピエロール」、バスブースに注入する自動洗浄剤三本に、軍手十枚組みをチョイスした。

 地域での買い物なら裏書を必ずチェックしなければならないところだが、全てメイドイン・アースと分かっているなら大歓迎である。かつて似たラベルに惑わされ、類似品を購入。髪を焦がしたことも、バスブースを詰まらせたことも、漏電したこともあった。

 心配がなければ、それだけでご満悦だ。

 冷気漂う食品売り場へカートを押す。

 最もかさばる食料品の大半は、ユニバーサルデリカの配送サービスを利用するため、ここではユニバーサルデリカで入手できないものを選ぶ。

 さすが『ヒト』開拓地域のスーパーマーケットだ。ドライフルーツに、オーシャンパシフィックピース印のレトルト鮮魚。チンゲンサイ増量が強調された真空パック入り半生野菜に、これがあれば同じ味に飽きたとき助かる、アラウンドザワールドのコンビニエッセンス(いわゆる調味料の詰め合わせ)。滅多にお見かけしないタオタオのどデカ餃子と、マルチサプリメントのイチゴ味等、思わず唸り声が出るような商品のオンパレードへ目を這わせてゆく。

 迷いつつ、どれも数個づつカートへ投入した。

 最後、フジヤマ加工の、テイスト異なるミートローフ缶を四つチョイスして、山盛りのカートを押してレジへ切り返す。

 途中、忘れかけていた気圧変化対応標準ゴミ袋を思い出し、カートの山へ追加した。レジでさらに、JPS−wの無煙タバコをワンカートン、注文する。

 愛想はないが手際のよいレジの女性は、このご時勢ゆえアンドロイドかもしれないとぼんやり考えながら、残額ギリギリの支払いをカードですませる。聞き飽きたビューティフルサンデーに別れを告げた。

 その手には、そこまで現地式を貫く必要はなかろうに、はちきれんばかりのレジ袋が5つだ。

 まこと壮観である。

 そしてどこか虚しい。

 ままに、かつてトラが自らの船『バンプ』を置いていたスペースを借りて停泊させている自船へと、足を向けた。 そう、エレベータなどついていない、あのデミの店の屋上だ。

 七階までのぼる。

 荷物が重かろうと、外付けの階段をひたすら上がった。

 当然、息は切れ、地味に疲れて到着する。

 持てああしつつ船内へレジ袋を放り込めば、代わって掴み出すのは航海中に溜まりに溜まったゴミ袋だった。これは完全に日が落ちるまでに済ませてしまいたい作業のひとつだ。いい加減に安全対策を考えてもいいハズなのだが、薄暗い圧縮集積所は度々、転落事故が起こる危険な場所として有名なのである。

 黒ずむ空と競争で、こまねずみがごとく地上と屋上の往復を繰り返す。全力で指定の圧縮集積所へ、メタボリックさながらに腫れたゴミ袋を次から次と落とし込んでいった。

 汗まみれでつかんだのは、僅差の勝利だ。

 だが称えて出迎えたのは、ランドリーのない船に溜まった洗濯物の山だった。開くなり隠すように詰め込んでいたロッカーから雪崩れて出てくる衣類たちは、その勝利に歓声を上げてアルトの頭上へ降り注ぐ。認めたくはないが、自分のものだと思いたくないほどにクサイのだから手に負えない。

 ともあれ、足元に散乱するそれを袋へ詰め直し、これまたイルサリの残した地図をなぞりコインランドリーを目指した。

 道中、街頭に立つ自動販売機を見つけて、適当な雑誌を数冊購入する。

 今さら紙媒体などと思われそうだが、ページをめくるという行為は期待と期待をつなぐ空白の時に、儀式にも似た神聖な何かを吹き込むらしい。どれほどリアルであろうとも自動的に流れゆく映像より、アルトは遥かに充実するその間合いが好きだった。もちろん購入した冊子の内容については、写真がその大半を占めているというだけで、詳細な内容については触れないことにしておく。

 と、到着したやたらに広いコインランドリーには、ネオンが持つ楽器と同じ音色のBGMが、その空虚さを埋めるかのように流れていた。だがスピーカーを通したデジタルデータの複製プレイはどこか物足りず、追随して鼻歌も漏れることないまま、素材と色別、アルトは一度に三台のドラム式ランドリーを借り切り、豪勢に回転させる。

 単調な動作で洗浄コースが終了するまでたっぷり三十分。

 その間にATe−Mで決済カードへチャージしておくつもりだったが、デミに泣きつかれたせいで、今着ている服もドラムの中へ放り込んでしまっている。裸で出歩けないなら仕方なく雑誌を広げ、洗濯が終わるまでをただ待った。

 こだわりの柔軟剤で、さらに十分。

 ちょうど買い込んだ雑誌全てのページに目が通ったところで、別料金での仕上げ加工へ衣類を移動させる。この加工、施せば衣類に付着した蛋白汚れを多少ながらも分解、除去する優れものだ。長期着回しには欠かせない加工として、長距離航行就労者の間では常識のひと手間だった。

 終われば全工程、およそ一時間。

 生き返ったような衣類を再び袋へ取り込む。

 柔軟仕上げのせいでやたらかさばる洗濯物を片手にATe−Mへ立ち寄った。

 いつも適当に自分で始末していたが、たまにはプロに髪を整えてもらうのも悪くない。

 道端の散髪屋を横目にしつつ、再び船を目指す。

 正直、そのたび立ちはだかるこの階段が、いまいましかった。

 そうして船内に放り込まれたままとなっていたレジ袋の中身を整理、いや、袋から出して並べ、衣類をたたむ。

 つもりが面倒くさくなり、袋ごとロッカーへ放り込んだ。予定の作業はそこでようやく終了する。

 燃料系は、すでに最初入港した港で注入、もしくは充電済みとなっていた。後は明日の夕刻にも届けられるだろう塗膜セットで補修を終えれば、とりあえずの出航準備は整う予定にある。

 ほっとすれば、立て続けその耳に唸り声は届いていた。飼った覚えのない腹のムシだ。ずうずうしくもエサを催促していた。

 確かに、気づけば辺りはすっかり夜だ。

 その静けさが誘うのか、ジャンク回収に伴う気疲れとはまた異なる倦怠感が本日の成果とアルトの中で重く渦を巻き始める。当然、その渦をほぐす相手などどこにもおらず、間違ってもイルサリを呼び出すほど血迷ってもいなかった。互いに独り暮らし同士、食事を共にすることも多くなっていたデミも今日に限って、積乱雲鉱石について勉強をしたいと夕食の誘いを断っている。このまま残りのミールパックを暖めてしまおうか、いっときだろうと考えた。だがそれこそ独りやもめのウジも侘しさに耐えかねてすすり泣きそうな本日の締めくくりで、それだけは全力で回避することをアルトは決める。

 予定通り他種族キッチンへ向かうべく、買ったばかりの無煙タバコを包みの中から一箱、取り出し、明日の筋肉痛を予感しながらビルの階段を下ると、その足を『デフ6』開拓地域と『バナン』開拓地域、そして『ヒト』開拓地域の狭間に陣取るキッチン『ips』へ向けた。

 この店、立地的にも都合がよく、実に二十種族のメニューをこなすオーナーが『ヒト』であることから、それこそが郷愁か、いつからか自然と足が向くデミとのお決まりの場所になっている。

 気さくなオーナーは商売が上手い。すぐにもそんなアルトとデミの顔を覚えると、三度目に店のドアを開く頃には、もう遠慮のない言葉で双方を出迎えていた。

 その顔は三角を向かい合わせたような形の「蝶ネクタイ」という正装が妙に似合う白髪混じりの紳士だ。だがこんな場所に雑多な種族相手のチープな店を出すのだから、素性こそ純正紳士であるかどうかはまったくもって定かでない人物でもあった。

 と、アルトの視界、三種族の開拓地域が隣接するだけにどうにも猥雑さの拭えないそこに、『ips』のホロ看板は白く浮かび上がってくる。

 どこかほっとしたような気がしたのは、疲れからか。引き寄せられるように店への足を早めながら懐へと、その手を伸ばした。

 無煙タバコのパックを抜き出す。

 封を切り、一本くわえた。

 パック底の点火パッチをあてがい火を点け、最初、一息を大きく吸い込む。とたん炎は魂が乗り移ったかのように、先端に灯り大きく膨らんだ。

 行灯のようにかざし、程なく目の前に立ち塞がった『ips』の錆びた扉を押し開ける。本日も例外なく大盛況だ。とたん膨張したかのような話声は、アルトへと襲いかかっていた。

 三段階、高さの違う飴色のカウンターは訪れる種族別対応で、そこに『フェイオン』のハウスモジュール『ミルト』を思わせる雑多な客は身を擦り合うようにして腰を下ろしている。すでにそれぞれのバカ話に、グチに熱弁をふるうと、わき目も振らず飯を食らっていた。それら喧騒を一手に引き受けたオーナーは、カウンターの向う側だ。景気よさげと今日もナベを振っていた。

「……ぃらっしゃい!」

 いつからかこちらも遠慮がなくなっている。アルトはそんな『ヒト』語へ、目配せだけで挨拶を済ませた。

「思ったより早かったね。失敗か?」

 アルトがジャンク屋であることを知っているオーナーは、 前回、商品を売りに来た時からさかのぼって航行期間が短かったことを言っているらしい。

「ノーコメント」

 心ここにあらずで返し、背伸びするようにともかくアルトは席を探す。

「あの小さなお友達は?」

 横顔へ、立て続けにオーナーは問いかけていた。

「補習だと」

 亜麻色だった食材は、そんなオーナーの振るナベの中でたちどころに美味そうな照りをまとうと、ビチビチ音を立てて始める。

「勉強熱心だねぇ。相変わらず」

 立ち込める匂いは様々な料理があいまると、なんとも表現しにくいが決してクサイわけではない。

 しきりにオーナーは頭を振って感心し、ナベの中身を持ち手が片方だけやたらと長い皿へ移し変えてみせた。素早く縁汚れをふき取ったなら、真っ白なカフスを見せ付けホクホク顔のカウンター客へ手渡す。

「奥、いつもの場所、空いてるよ」

 エプロンの裾で手を拭きながら、そうして初めてアルトへ顔を上げた。了解、と片手で応えたアルトへ釘を刺しもする。

「せめてそれ、後にしなよ。いつもの日替わりでいいの?」

 無煙タバコのことらしい。

「煙は出てないだろ」

 指さしていた。

 やおら馬鹿笑いする『バナン』種族と『デフ6』種族が、そんなアルトの前でおおいに仰け反る。

 だが紳士のオーナーは所かまわずが気に食わないらしい。

「ママのおっぱいを吸うためにあるんじゃないんだよ。口はおいしいものを食べて、楽しいおしゃべりをするためにあるんだからね」

 冗談。

 アルトはあしらう。

 不満そうな目を向けながらもオーナーは、日替わり定食の準備に取り掛かっていた。

 背に、カウンター奥からL字に折れて伸びる個室スペースへと潜り込めば、通路を挟み向かい合うように並ぶ四つの個室は現れる。空いていれば使わせてもらういつもの場所はその中でも、文字通りの一番奥、通路、右手側にあった。

 すでに他の三つは先客が詰めているらしい。カウンターとは違った落ち着きのある話し声がかすかにもれ聞こえていた。だが中はちょうどテーブルの高さまで遮幕が下ろされると、どんな客がいるのかを見て取ることはできない。

 やり過ごして、目的の個室前に立つ。

 ゆっくり飯を食らい、しばしJPS−wの火を眺めるつもりでアルトもまた、下ろされている遮幕をかき分けた。

 が、顔を上げたそこに先客を見つける。

『な?』

 我が目を疑っていた。あろうことかそこにいたのは昼間デミの店へ現れた、レンデムの女だった。

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