具だくさん、奈良の豚汁。
「っささ、もう一献。」
「やや、これはかたじけない。」
俺が酒瓶を差し出すとデュラン殿は頭を下げて杯で受けとめる。
「まこと、ありがとうございます。」
「いや、そこまでかしこまらないでくださいよ。」
あまりにも深々と頭を下げるデュラン殿に俺がたじろいでいると。
「いえ、ノンベェ殿には警護に当たる部下の為の食事を用意していただいたのです。ならば部下に代わり王が頭を下げるのが道理。どうか受け取ってください。」
「いえ自分は当たり前のことをしたまでですよ。自分の故郷には「腹が減っては戦は出来ぬ」と云うことわざもあります、十分な働きを望むなら食事など健康に気を付けさせねばなりませんからね。」
「なるほど、良い御言葉。国造りには格言として掲げさせてもらいます。」
そう言ってデュラン殿は王たらんとする真剣な目で酒を飲む。
「ところで、本当に良かったのですか?食事に豚肉を使って。」
「構いませんよ。オーク族は豚とは違います。オークは豚に似ていますがれっきとした人族です。――まぁ、魔王様に解放されるまでは人間族に家畜扱いされてきた身ではございますがね。それよりも、あの豚汁というもの、私もいただきましたが美味しゅうございますね。野趣にあふれながらも繊細なつくり。あれはノンベェ殿の故郷の食材で作られたのでしょうか。」
「はい、豚汁は自分のいた異世界の自分の国の料理。今回用意したものは中でも特に故郷の食材で作りました。」
せっかくだしと奈良の食材で豚汁を作ったのだ。
もとになる出汁は海なし県だけに他所から仕入れたものだが、こっちも前はうどん屋で働いてたので出汁の引き方くらい知っている。
そして豚汁のメインとなる豚肉、これはあまり知られていないけど奈良には大和ポークという奈良のブランド豚が存在する。
飼料にこだわった臭みがなく、甘みが多い美豚と言われる豚肉である。豚しゃぶにはとても向いている食材だ。
そして出汁になると言えば――シイタケもだ。
奈良県は山が多くシイタケ栽培してるところもある。
しかも、奈良市内の東半分は結構な山で、天然記念物に指定されている原生林もある田舎、そこに原木栽培のシイタケ農園があるのだ。シイタケ狩りなんかもできるちょっとした観光地だ。
そのシイタケはブランドこそついていないが、肉厚でジューシーで煮炊きものにはよく旨味を出してくれるのだ。
野菜についても紹介していこう。
まずは芋。
奈良には大和イモと呼ばれるものが存在する。
歴史は古く江戸時代の農学書にも記載されている物だ。
見た目はジャガイモに似た丸っこい形だが、山芋の仲間で繊維が緻密で粘り強い。すりおろして山かけご飯にしても美味しいが、今回は一口大に切って煮てある。
これがトロリとして旨い。
そして、奈良にはもう一つ伝統的な芋がある。
「
昭和初期から米どころ田原本町(奈良の米はほとんどが日本酒適合米の山田錦、食用は「ひのひかり」が有名だろう。)で生産されるようになった豊作種である。
煮っころがしや田楽によく向いているだけあってしっかりとした身が特徴だ。
奈良の特産品だけに絞っても芋だけで二種類用意することができる。
しかもどちらも旨い。
贅沢な話だろう。
これに加えてネギ。
ネギも二種類使っている。
ひとつは結崎ネブカ。
これの歴史は古く伝説的だ。
なんてたって、室町時代(500~700年前)に、能で使われる翁(お爺さんのこと)の面と共に空から降って来たそうな。
そのネギを植えて栽培し始めたのがこの結崎ネブカだ。
白い部分が少なく青い部分が多いのが特徴である。
味は柔らかく甘みが強いのが特徴。
奈良県の公式ホームページには調理法として豚汁が進められている。
それにしても、
稲作もアメノミトリという鳥が稲を空から落として、それを栽培して始まったっという伝説があるだけにこの結崎ネブカも特別な食材な気がしてくる。
もう一つのネギが大和ふとねぎだ。
別名五条ネギともいう。
名前は似てるが京都の有名な九条ネギとは別物で、白い部分は少なく青い部分が多いのは結崎ネブカに似ているが、とにかく白い部分が太いのが特徴である。
白い部分は煮物にして、青い部分は刻んで薬味にしてある。
その他の野菜。
ゴボウは金剛山、葛城山のふもとで栽培される短めの「香りごぼう」を使用。
「アッ、ごぼうってこんな味なんだ。」と感じてもらえれば嬉しい量より質のごぼうである。
大根は「祝いだいこん」。直径3cmくらいの細い大根だが、名前の通り縁起物で、円満を意味して輪切りにして雑煮などに使われる。
まさに、今この時の異人同盟の結束にはうってつけの食材だろう。
独特のシャリシャリした食感が特徴的である。
他に、奈良の豆腐屋「豆風花」の「大和揚げ」。これをぶつ切りにしてある。
これは薄揚げと厚揚げの両方に当たるような厚さにムラのある揚げ物で、網で焼いて生姜と醤油で食べても美味しい一品だ。
これ等の食材を煮込み、奈良の嶋田味噌・麴醸造元「茜八味噌」で味を調えたモノが今回お出しした豚汁に当たる。
奈良の食材(昆布と鰹出汁を覗く)だけにこだわっても十分にボリュームもあり味もいい豚汁が出来ている。
奈良もやればできるんだぞと言ってやりたい。
とか言いながら異世界で語っているわけだが、オークキングのデュラン殿だけでなく、オーガ王の伽藍様も兵に交じって豚汁を食べていらっしゃるのは好評なのだろうか。
接待役のオレも魔王様からお許しが出ているので一杯。
う~~~~~~~~ん、滋味があふれている。これには純米吟醸が合うな。
異世界での生活、なかなかに生きごたえのある生活が送れそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます