魔王軍、花見に遠征する。

「のう、ノンベェよ。おぬしの故郷には花見という習慣があるのだろう。」

「え、……ハイ有ります。がその話は――」

「アクアから聞いた。おぬしの故郷に付いて行ってさくらなる花を愛でたこともな。」


 これは意外である。

 この魔王様はとても忙しくいらしゃる方であるのに、娘のたわいない話を聞いてあげて、なおかつ興味を持たれたのだ。


 この俺が召喚された「グレートロバータ」という世界は、人間種がその数にものを言わせて専横を極めていた世界だったそうな。

 その人間種から数多くの人によって人ならざると烙印を押された者たちの尊厳と自由を勝ち取るために立ち上がったのが、この魔王様「魔王ビスマルク」様であらせられる。


 オレが召喚された時もオレが人間だと知ると明らかにがっかりされて、「殺せ。」の一言で処刑されそうになった。

 訳も分からない俺はせめて言葉が通じるのだからと精一杯の命乞いをして、その日の楽しみに買ってきたお酒を献上して、せめて元の世界に返してくださいと泣きついたものだ。

 魔王様は俺の懇願に流石に異世界の人間ならばと命乞いを受け入れ、お酒を受け取ってくれた。

 その後俺が元の世界に帰る算段が付いたとき、再び魔王様にお目通りが許されて、「おぬしの差し出した酒、大変美味だった。おぬしの世界にあれらがあるのなら我に仕えてくれんか。褒美も取らす、世界の行き来も自由にする。ゆえに我に酒を馳走してくれんか。」と、お願いされたのだった。


 正直、この世界の人間と魔王様の確執がどれほどのものか分からないのだが、俺からしたらお気に入りの酒をうまいと言って雇いたがっている方は十分魅力的だった。

 障害を持ち、家族にも見放されて年金生活だった俺は異世界の魔王のソムリエとなったのだ。


 そして、お酒の仕入れに故郷の日本に行った時、魔王様の娘のアクア様が付いてこられた。

 その時、さくらに興味を持たれたアクア様に花見酒の習慣のことを話したりもした。

 それが魔王様にも伝わったのだろうか。

 それで花見をしようなどと言い出したのなら俺の責任だ。

 なんとしても花見をしなければならないだろうが。


「魔王様、この世界では花見の習慣などはありますか。」

「ないな。いや、人間族ならあり得るが我ら魔族軍ではそのような余裕がなかったものだ。」

「そうですか。」


 これはなんと言うか、なんかせめて切っ掛け程度には花見を成功させてやりたい。

 お酒も存在しない世界なのだから花の群生地にも詳しくはないだろう。

 さすがに軍団規模で日本に連れていくわけにもいかないだろうからこの世界で花見をしてもらいたい。

 ならば場所はどうするか。

 こういう時、俺には相談できる相手がいない。


「こういときこそワシの出番だな。」


 部屋に帰るとアクア様がドヤ顔で待ち構えていた。

 こういう時、俺には相談できる相手がいない。

 そのままドアを閉めてどこかで思案しようかと思ったが、すかさずドアに駆け寄ったアクア様がドアを掴んで締めさせてくれない。


「こういう時こそワシを頼れよ。」


 アクア様がそうすごんできたので仕方なく部屋に入ることにしたのだった。

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