彩~いろどり~

 キリキリキリ。

 キュッ、ヒュポン!


 酒瓶から蓋が外される。

 アクア様が自分でぜひやってみたいと申されたので任せてみた。

 アクア様の小柄な体では一升瓶は抱え込まなければならない大きさなのだが、しっかりと左手で抑え込んでいる。

 その際お胸が圧迫されて服の上からも分かるほどに形を変えていらした。

 目を背けるべきなのだろうが、アクア様の「こうすればよいのか。」という質問に答えないといけないのでアクア様を見なければならない。

 アクア様は俺の指示の元、左手で瓶を抱えて右手の人差し指と親指を使って、栓を抉るように動かして抜くことができた。

 その際、瓶の口からは軽快な音が聞こえて来た。


「ははは、抜けたぞ、見たか。見事に抜いて見せたぞ。こう指を用いてこそぐように――


「アクア様。その説明では風情がないと申しますか。下品……いえ、オレにはちょっと毒と申しますか――。」

「なんじゃ、何か問題でもあるか。」

「一応問題もありますよ。」

「ワシならいつでもおぬしのシモを抜いてやってもよいぞ。」

「なっ!」

「父上から聞いておらんか。ワシの婚約者候補の一番におぬしが上がてるのじゃぞ。」

「そんなの聞いてませんよ。」

 と言いつつ、期待はしていた。


 魔王様お気に入りの側近、であっても本来王族であるアクア様とこう親しくさせてもらえるはずがないのだ。

 なのに、こう夜も更けた頃に二人きりで酒宴を許されている時点で、有るか、ワンチャン有るか、と、童貞オジサンの妄想を膨らませていたのだ。


 いや、だって俺も35歳だよ。

 彼女の一人か、童貞卒業くらい夢に見ちゃうじゃん。


 っだが駄目だ。

 ダメなんですよ。なんてたって今から飲むお酒は爽やかな味わいのお酒。生臭いネタはご勘弁。

 そういうのは後日、それに見合ったお酒でも飲みながらしましょう。


「という訳で、今日はその話は少しなしで。」

「変なところでこだわるのう。まあ良い。して、この酒を徳利とやらに注いでから盃に移すのだな。」

「本来は給仕が徳利に注いだものをお出しして、飲み手が自ら盃に注ぎながら楽しむものなんですよ。」

「なるほどの。だが今宵は野暮は無しだ。ワシが注いでやろう。ほれ、まずは一献。というのじゃろ。」

 お言葉に甘えて盃に酒を注いでもらい一口たしなんだ。


 爽やかな風味が口の中に広がる。

 わずかに発泡してるためか、舌先にピリリとした感触がする。

 舌の中ほどではわずかな酸味と甘みが広がり、嚥下すれば喉の奥にアルコールで焼ける刺激が奔る。

 後味はすっきりとしていて吐く息は春のそよ風のようだった。


 これが大和、奈良の地酒「梅乃宿の彩~いろどり~」の味である。


「それじゃあワシも――」

「まてまて、注ぐのは俺がやる。」

「いや、今宵はワシが――」

「相酌ってやつでな、交互に酌をして酒を楽しむのも趣ってやつなんだよ。」

「そうか、なら頼む。」

 アクアは徳利を俺に渡すと、緊張した趣で両手で盃を構えて酌を受ける。

「それ、グイッと行け。」

 アクアは俺の掛け声に合わせって一気に盃を飲み干す。


「ふっっはぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~。」


 盃を下ろしたアクアの顔は幸せそうに緩んでいた。

 頬は赤らみ目じりが下がって、お酒に酔てますってのが一発で分かる顏だ。


「ほら肴も食え。」

 そう言って、春が旬の奈良の肴、「アユの塩焼き」を差し出す。

 アクアはそれに箸を付けて盃の酒と共に味わう。

「うぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~。」

 頬が落ちないように抑えながら堪能するアクア。


 実は「梅乃宿」のお酒には魚がよく合う。

 春先ならばアユやアマゴなどの川魚が旬でありこれが一等よく合うのだ。

 アクアはそれを今噛みしめているのだ。

 今回は常温で酒の甘みを利かせたモノだが、冷でキレを増してもよく合うものなのだ。

 だから箸は進む。

 杯も進む。

 その進み具合に気をよくしていた俺は忘れていた。


 この世界には酒はなく、人も魔族もみんな下戸だということに。


 アクア様が俺のベッドで爆睡するまでそう時間はかからなかった。

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