姫様と飲む癒しの酒。
「ノンベェよ。今日はもう下がってよいぞ。」
「え?」
俺は魔王様専属のソムリエとして魔王様にお酒を饗するのが仕事だ。
今日も魔王様のリクエストで初めて饗した梅乃宿を仕入れてきて、肴と共にお出ししたばかりだ。
「聞いたぞ。今日はアクアがお前の仕入れに付いて行ったこと、そして、共に酒を飲む約束をしたこともな。」
魔王様は金髪に銀色の顎ひげを蓄えた壮観な男性である。
ただし、人とは違い、そのこめかみから立派なねじれた角を生やしていらっしゃる。
「奴は迷惑とか掛けなんだか。」
「いいえ、迷惑など御座いません。故郷のルールにも従ってもらい、良き旅の友になりました。」
「そうか。ならば今宵は奴におぬしを譲ろうと思う。なに、おぬしがゆうたのだろう。酌をされるのもいいが、自らの手で酌をして飲む酒も上手いものだと。つまみが足りねば他の者を使うゆえ今宵はアクアの相手をしてやれ。」
「かしこまりました。」
さて、魔王様からアクア様の相手をしてやれと言われたが、何処におわすのか。
そう思いながら自室に一度戻ると――
「遅~~~い。父上のところから真っすぐ来たのだろうな。」
部屋ではアクア様が待ち構えていた。
異世界の魔王城の俺の部屋はなかなか広くて豪勢なつくりになっている。
これも魔王様が俺を重用してくださっているからだろう。
初めて召喚された時はしがない人間のオッサンでがっかりされて、危うく殺処分されかけたのだが、その時持っていた酒を命乞いとばかりに献上してみれば大層気に入られたのだ。
アクア様はその魔王様の末っ子で三番目の姫君である。
上には2人の姫と2人の王子がいるがその方々との接触はまだない。
その中で未成年(それでも百歳の誕生日はもうすぐ。)であらせられるアクア様は魔王様の傍で生活されている。
その為、魔王様付きの俺とはよく顔を合わせていてこのように懐いてくれているのだ。
「ほれ、さっさと酒宴を始めるぞ。」
と、言われるアクア様は角を生やしていらっしゃる。
文字通り、父上に似た立派な角である。
昼間日本に付いてきたときは角を隠して下さってとても感謝です。
俺はアクア様に促される形で机を挟んだ対面のソファーに腰を下ろした。
本来なら、家臣の身で対面に座って王族と酒を飲むことなど許されるはずはないのだが、ここは俺の部屋であってもアクア様がそうしろと申すなら従うのが礼儀であろう。
「さて、さっそく父上を魅了した異世界の酒とやらを味合わせてもらおう。」
そう言って、ドッン!と一升瓶をテーブルに乗せてくるアクア様。
なんと言うか男らしいというか……。
「ふん、風情がないと言いたげな顔だな。だがワシを甘く見るな。」
そう言って取り出したのは徳利と盃だった。
「これは……」
「これは昼間おぬしと行った店でコッソリ購入していたモノよ。」
それは梅の花が描かれた陶器だった。
「これは美濃焼のうぐいす徳利と盃ではないですか。」
「おぬしは酒を飲むとき風情も大事にしろという。だからそれをもとに道具にもこだわってみたのだ。どうだ、小鳥のさえずりが聞こえそうなこの趣は。」
「驚きました。アクア様が俺の故郷の文化に興味を示してくれて嬉しいです。」
「そ……そうか、なら良かった。今宵はこれで飲み明かそうではないか。」
「はいお供いたします。」
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