異世界の魔王に召喚されるもがっかりされた俺、今では魔王専属のソムリエとして重宝されている。

軽井 空気

春のある日、思い出の酒。

 ここち良い陽気と少し肌寒い風。

 ちょうどこのころはさくらが開花し始めるころ合いである。


 この俺、酒井 信之が故郷の奈良に戻って来たのはそんな季節だった。


「の~、の~。ここは何処じゃ。」

「ここは奈良の佐保川沿いだよ。」

 郷愁に浸っていたので訊ねられたことによく考えずに答えていた。

「じゃあ、この川沿いに咲いている薄桃色の花はなんじゃ。」

「これはさくらだよ。この佐保川は駅から近い場所にある桜の名所で、満開になると川の両岸をこの花が埋め尽くすことで有名なんだ。」

 今はまだ二分咲きの頃間が、すでにここにはさくらを写真に納めんとその道の人達がやって来てはバズーカみたいなカメラで撮影を始めてもいた。

「なるほどさくらと言うのか。おぬしがよくゆって居る風流というものはこれじゃな。」


 ん?


「お、あちらにあるのは―――――

「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉッと、待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺は驚いて話の相手をガン見した。


 俺の傍には、長く豊かな金髪の豪華なドレスを着た幼女が立っていた。

 まぁ、幼女と言ってももう少しで100歳になるロリババァ――もとい、あちらの魔族のしきたりではまだ成人していないので普通にロリの美少女である。


 まぁ、ぱっと見の身長は低いので、この日本で下手に連れまわせば逮捕されかねない見た目なのだが。


 特徴的なのはやはり金髪だが、瞳の色が血のように赤いのも特徴的だ。


「あの、姫様。なんで居るんですか。」

「うむ、おぬしの部屋に遊びに行ったら出かけようとしてたのでな、ワシも魔法陣に乗って付いてきたのじゃ。」


 あぁ、なるほどね。

 好奇心でついって来ちゃったのか。


「それよりノンベェ、ワシのことはちゃんとアクアと呼ばんか。」

「すみませんアクア様。」

「……様は付けんでもよいと言うておるのに。」


 まぁともかく、付いて来てしまったものはしょうがない。

 一緒に行動するか。


 今回は魔王様からのリクエストで初めて饗したお酒を用意しに日本へ戻って来た。

 出来れば花見とかもまたしたいな。


 とりあえず、近くの貴金属買取店へ赴き、魔王様から頂いたお酒を仕入れるための資金用に貰った財宝を買い取ってもらった。

 その際アクア様のことを白い目で睨まれたりもしたけど、アクア様の「父上から金に換えてよいと渡されたのは他にもあるじゃろ。」という助け舟で、誘拐や窃盗の疑惑は晴れた。


 こうして元手を手に入れてから本来の目的地に向かう。


 移動には電車を使った。

 近鉄を使い、新大宮から橿原神宮前を経て、南大阪線に乗り継いで尺土で乗り換えて近鉄新庄までやって来た。

 姫……アクア様は初めて乗る電車に興味津々で、車窓から見える流れ行く風景を楽しんでいた。

 こっち生まれの俺だって西大寺から橿原神宮前の駅までの風景は見ていて楽しいものだった。


 新庄についてから少し歩いて目的の酒屋にやって来た。


 「梅乃屋本舗」。

 酒造元、「梅乃宿」の直営店である。

 俺自身ここに来るのは初めてなのだが、事前に調べた通り、古い日本家屋のような趣の店構えをして居る。

 しかし同時に新しい技術も見受けられ、その空気が梅の花咲くころの新しき風、を感じさせる良い雰囲気のお店だった。


 お酒の専門と言うか酒屋さんていうのは何処か旅に来ているんだと思えるこの感覚が大好きだ。


 さてここで魔王様用と自分の酒を購入したのだが、アクアが何やら自分でも買い物しているみたいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る