8.

「椿ちゃん、しっかりつかまっていてね」



 ブロンシュさんにそう言われ、ブロンシュさんの後ろに、同じようにホウキにまたがっていたわたしは、彼女の細い腰に腕を回し、ぎゅっと、その背中に顔を押しつけた。


 二人乗りは初めてだというブロンシュさんに、わたしは、大丈夫かな? ちょっと不安になる。


 だけど、ノワールが、

「おい、ブロンシュ」

と、声をかけ。それから、とんっと、ホウキの柄の部分に飛び乗った。


 ノワールは、ブロンシュさんの瞳をじっと見つめ、

「大丈夫だ、安心しろ。オレがついてる」

 そう言い聞かせると、ブロンシュさんは、

「ええ!」

と、力強く答えた。


 ブロンシュは深呼吸を繰り返すと、

「椿ちゃん、飛ぶよ」

と、後ろにいるわたしに向かって声をかけた。


 すると、

「わあっ……!?」

 わたしの足が、ふわっ……と、地面から離れていった。


 初めての感覚に、まったくこわくない訳ではなかった。だけど、ブロンシュさんが一緒なら大丈夫だって、自然とそう思えた。


 それに、何よりわたし、今、空を飛んでいるんだもん。すごい、すごいよっ……!


 まるで夢のような体験に、わたしはすっかり興奮していた。


 頬をなでる風が冷たかったけど、でも。初めて空を飛んでいる感覚は、どこまでも自由で、何にもとらわれなくて。とっても気持ち良かった。


 次第に駅が見えてきて、ほっと安心したのも束の間。周りの固まっていた鳥たちが、急にばたばたと羽ばたき、動き出した。


 いけない、時間を止める魔法がとけちゃったんだ! 急がないと、柊くんが行ってしまう。


 ブロンシュさんは人気のない駅の裏手に降りると、

「がんばって!」

 そう言って、わたしのことを見送ってくれた。


 わたしは大きくうなずくと、ブロンシュさんにお礼を言い。腕を大きく振り上げて、駅の中に入って東京行きのプラットホームを目指す。


 早くしないと電車が出ちゃう。もつれそうになる足をどうにかふんばって動かし続け、ホームにたどり着くと、その真ん中付近に柊くんの姿を見つけた。



「柊くんーーっ!」



 私が大声で声をかけると、柊くんはわたしに気付いて振り向いてくれた。


 良かった、間に合った……!


 柊くんの元に無事着いたわたしは、無我夢中でカバンの中をあさり、

「あの、これ……!」

 フロランタンの入った袋を柊くんに突き出した。


 このフロランタンは時間が止まっている間、ブロンシュさんと一緒に、手伝ってもらいながら作ったもので。今までで一番おいしくできた、わたしのとっておきの自信作だ。


 突然突き出された柊くんはびっくりしていたけど、でも、それをーー、フロランタンを受け取ってくれた。「ありがとう」そう、言葉をそえて。


 時間になり、けたたましいベルの音を聞きながら、柊くんは電車の中に乗り込んだ。


 わたしは柊くんが乗っている電車を、駅のホームに立ったまま見送り続けた。電車が見えなくなるまで、ずっと、ずっと……。

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