7.
すると、そんなわたしの願いを神様がかなえてくれたのか、またしてもわたしは気付かない内に、あの林の中に迷い込んでいて。いつの間にか、カフェ・プランタンの前に立っていた。
わたしは苦しい息をそのままに、お店の扉を開けていて。
「ブロンシュさんーー!」
店内に向かって、そう叫んでいた。
「あら、椿ちゃん。どうしたの?」
「どうしよう、ブロンシュさん!」
わたしは、ブロンシュさんにすがりついた。この時のことも、あまり覚えてない。だけど、わたしは、本当の自分の気持ちをブロンシュさんにぶつけていた。
きっと迷惑だったと思う。だけど、ブロンシュさんはいやな顔一つしないで、そんなわたしをやさしく受け入れてくれた。
ブロンシュさんにはき出していて、わたしは分かった。柊くんのわたしへの気持ちは、わたしの勘違いかもしれない。でも、わたしのこの思いだけは、決して勘違いなんかじゃないって。
すると、ブロンシュさんは、あのやわらかな笑みをそえて、
「だったら、伝えに行きましょう」
そう言ってくれた。
だけど。
「でも、もう時間が……。電車が出ちゃう……」
柊くんが乗る予定の電車の発車時間は、十二時四十分頃だって柊くんは言っていた。今は十二時三十分、あと十分ほどしかない。
ブロンシュさんのお店がどこにあるのかはよく分からないけど、でも、きっと駅まで十分では着かないと思う。
それなのに、ブロンシュさんは、
「大丈夫よ、椿ちゃん。私にまかせて!」
自分の胸をドンッと強くたたいて言った。
「そうね、まずは時間を止めましょう」
「えっ、時間を?」
でも、時間を止める魔法は、とってもむずかしいって。ノワールが前に言っていた。
ブロンシュさんは、ただでさえ、その……、魔法がとっても苦手で。いつも失敗ばかりだって聞いている。初めて会った時も、バレに言うことをきかせるのに苦労していたし。
わたしの思っていることが、ブロンシュさんに分かっちゃったみたい。
「大丈夫よ、椿ちゃん。この日のために練習したから」
ブロンシュさんは、ふふっと、わたしに向かってほほえんだ。
小さく息を吸って、はき出して。それからブロンシュさんは目をつむると、何やら呪文のようなものを唱え出した。ーーすると、店内がまばゆい光に包まれて。わたしはそのまぶしさに、腕で目をおおい隠した。
次第にその明るさに慣れてきて、閉じていたまぶたを開いていくとーー、
「えっ……、す、すごいっ……!」
わたしの口から小さな息がもれた。
だって、お店の壁に飾ってあった時計の針が、ぴたりと止まっていた。それだけじゃない。棚に置かれていた砂時計の中の落ちかけている砂が宙の途中で止まっていたし、窓の外を見ると、飛んでいた小鳥がまるで写真みたいにぴたりと空に貼りついていた。わたしとブロンシュさん、それからノワールだけが、静止した時間の中で自由に動けていた。
ブロンシュさんは、おどろきを隠し切れていないわたしに向かって、
「ねっ!」
こどもみたいに、茶目っ気にそう言った。
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