6.

 あっという間に時間は過ぎ去り、終業式ーー。


 明日から冬休みということもあり、みんなはなんだか落ち着きがなかった。それから今日で、柊くんとお別れということもあったからだと思う。うれしさが半分、悲しさが半分といった所かな。


 先生の計らいで、クラスのみんなで柊くんのお別れ会をやった。先生が用意してくれたジュースやお菓子を食べながら、みんなで合唱をしたり、陽気な男の子達が一発芸を披露したりして。みんなで転校しちゃう柊くんのことを激励した。


 その会も無事お開きになり、仲が良かった子たちは、それでも柊くんの周りに集まって最後の別れを惜しんだ。みんなが柊くんに、「元気でね」、「新しい学校でもサッカーがんばってね」などと声をかける中、わたしだけはその輪に加わることができず。ただ遠目からその様子をながめていた。


 だけど、その集まりも、迎えを呼んでいたタクシーが到着したという、先生の知らせの声によって散っていく。柊くんの家族は、一足先に東京に向かっていて。学校がある柊くんだけは、学校からそのままタクシーに乗って駅に向かい。一人で電車に乗って、新しい家に向かうことになっていたみたい。


 ランドセルを背負った柊くんは、教室のドアに向かって歩き出す。


 だけど、わたしの前を通った時、

「白雪、じゃあな」


「う、うん。じゃあね……」


「じゃあな」と一言、言ってくれた柊くんに、結局わたしは、それしか言い返せなかった。



 これで、最後だったのに。もう柊くんには会えないのに。それなのに、わたしは、たったそれだけしか柊くんに言えなかった。


 わたしはいつもの交差点で一緒に帰っていた友達と別れると、一人とぼとぼと家までの残りの道を歩いて行く。


 ああ、これでもうおしまいなんだ。もう二度と、柊くんには会えない。このまま一生お別れなんだ。


 わたしって、本当に弱虫だなあ。いくじなし。


 そんな言葉ばかりがわたしの中でふよふよと漂う。


 本当は柊くんにあげたかったフロランタンも、また失敗しちゃうんじゃないかなって。そう思うと、結局こわくて作り直せなかった。


 本当に、わたしはこわがりだなあ……。


 情けない自分を反省する一方で、ブロンシュさんの言葉を思い出す。


 しない限りは、得られるものは何もないーー。


 うん、そうだね。だって、わたしは柊くんとの時間をつなぎ止められなかったもん。


 それは、わたしがこわがりだからだ。度胸がなかったからだ。ブロンシュさんは言ってくれたのに。もしわたしが迷っていることをやってみようと思うなら、その時は、応援してくれるって。だから、フロランタンのレシピをくれたのに。


 それなのに、わたしは、わたし……!


 やっぱりこれで終わりにしたくない、終わらせたくない。まだ始まってもいないのに。


 気付いたらわたしは、ただがむしゃらに町の中を走り回っていた。どこをどう走っていたのか、まったく覚えてない。今さら思い直しても、もうおそいのに。だけど、それでもブロンシュさんに会いたいーー。ただひたすらに、そう念じながら走り回った。

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