5.

 ブロンシュさんのお店を訪れてから数日がたち、今学期最後のクラブの時間ーー。


 わたしは予定通り、ブロンシュさんに教えてもらったレシピを元にフロランタンを作ることにした。とは言っても、クラブの時間内に作り上げないとならないから、今日は冷凍パイシートを使った簡単にできるレシピの方だ。


 まずは、パイシート全体にフォークを使って穴を空け、オーブンシートを敷いた鉄板の上にのせてオーブンで焼く。


 パイを焼いている間に、キャラメルアーモンドを作らないと。フライパンでスライスアーモンドを焦がさないよう気をつけながら、こんがりと焼き色がつくまでローストして。次にキャラメルの材料を小鍋に入れて火にかけ、茶色くなってきたら、さっきローストしたアーモンドをキャラメルの鍋の中に入れてさっくりと混ぜる。


 できたキャラメルアーモンドを一度オーブンで焼いたパイの上に広げ、固まらない内に、均等に伸ばしていく。そして、またオーブンで焼く。時々こげていないか、確認しながらね。


 数十分経過して、焼き上がったフロランタンをオーブンから取り出す。祖熱がとれ、冷め切らない内に、適度な大きさにカットしていく。ブロンシュさんが教えてくれたの。フロランタンは冷めてしまうと、キャラメルの部分が固まって硬くなってしまい。切るのに力が必要になって大変だし、何より粉々になりやすくなっちゃうんだって。


 うまく切れるか不安だったけど、ブロンシュさんにコツを教えてもらえたおかげで、どうにかきれいに切ることができた。やった、良かった。


 安堵感から一つ小さな息をはき出し。胸をふくらませながらもその一つを指先でつまむと、わたしは早速味見をする。だけどーー……。


 あれ……、なんだかあんまりおいしくない……。ブロンシュさんが作ったものとは、程遠い味だ。どうしてだろう。


 手順を間違えないよう、注意しながら作ったつもりだったのに。わたしはレシピを見直していく。すると。


 あっ、分かった。砂糖の分量、間違えちゃってる! 量が少なくて、だから物足りない味になっちゃったんだ。


 でも、今さら気付いても、もうおそい。だって、時間はもどせないもん。


 どうしよう。そう思っていると、

「白雪!」

と、窓際からわたしを呼ぶ声がかかった。いつも通り、サッカーをしていた柊くんだ。柊くんは窓から身を乗り出し、

「今日は何を作ったんだ? 試食させてよ」

 ぐいと室内に向かって腕を伸ばし、やっぱりいつものセリフを言った。


 だけど、わたしはとっさに、失敗作のフロランタンが並んでいるまな板を後ろに隠し、

「えーと、その……。ごめんね、今日は失敗しちゃったの」


 だからお菓子はあげられないと告げると、

「ふうん、白雪でも失敗するんだな」

 そう言うと柊くんはいつも通り、他の子たちからお菓子をもらい出した。


 わたし、何やってるんだろう。今日で今学期最後のクラブだったのに。それから、柊くんにわたしの作ったお菓子をあげられる、最後の機会だったのに。それなのに、今日に限って失敗しちゃうなんて……。


 失敗ーー、それは、まるで未来のわたしを暗示しているみたいで。こわくなったわたしは、ぎゅっとエプロンのすそを握りしめた。


 他の子のお菓子を食べている柊くんを遠くにながめながら、わたしは一人、先に後片付けをし始めた。

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