3.
「バレがぶつかっちゃってごめんなさい。痛かったでしょう?」
「本当にごめんね」と、女の人は頭を下げながら繰り返す。
「所で、あなたのお名前は?」
「白雪椿です」
「ふふっ、椿ちゃんね。私はブロンシュ。こっちの黒ネコはノワールさんで、さっき椿ちゃんにぶつかっちゃった子はバレっていうの」
ブロンシュさんと名乗った女の人は、「よろしくね」と、にこりと笑った。
「おわびにお菓子と紅茶をごちそうするわ。中に入って。とは言っても、ごめんなさいね。今日は定休日で、生菓子の用意はないの」
そうだったんだ。わたしこそ、お休みだったのにお店を開けてもらっちゃって。
悪いことしちゃったなと思いながらもブロンシュさんの後に続いて、わたしはお店の中に入る。店内はたくさんのお花であふれていて、とってもきれい。扉近くにはショーケースがあったんだけど、中は空っぽ。いつもだったら、きっといろんなケーキが並んでいたんだろうな。
ブロンシュさんはカフェ・スペースの方を指差して、好きな席に座ってと言ってくれた。わたしは窓際の隅の方の席にちょこんと腰を下ろした。
きょろきょろと店内を見回していると、トレーを持ったブロンシュさんがやって来た。そして、わたしの前にお皿とティーセットを置いていく。
お花の形をしたかわいいお皿には、マドレーヌにフィナンシェ、サブレにガレット・ブルトンヌといった焼き菓子が乗せられていた。どれもとってもおいしそう。
だけど、その中でわたしが一番気になったのは、フロランタンだ。フロランタンは、サブレ生地にキャラメルでコーティングしたナッツーー、スライスアーモンドが多いかな。それをのせて焼き上げたお菓子で。キャラメルアーモンド部分の、きらきらと光沢を放っているそれは、琥珀みたいできれいだった。
それに、柊くんはナッツが、特にアーモンドを使ったお菓子が好きだから。もしわたしもフロランタンを作ってあげたら、柊くん、おいしいって食べてくれるかな? きっと気に入ってくれると思うんだけどなあ。
なんて。おいしそうなお菓子を前にして、わたしは、すっかり自分の世界に浸っていたみたい。
我に返ったわたしは、
「あっ、ごめんなさい……」
はずかしさから小さくなる。
だけど、ブロンシュさんは、ふわりと笑い。
「ふふっ、良いのよ。椿ちゃんはお菓子が好きなの?」
「はい……」
「わたしも大好きよ、お菓子」そう言ってくれた。
ブロンシュさんの作ったお菓子は、どれもとってもおいしくて。だけど、やっぱりフロランタンが、わたしの中では一番だった。
ローストされたアーモンドの匂いは香ばしく。サクサクとしたサブレ生地と、ザクザクとしたアーモンドの、二つの食感は楽しくて。ブロンシュさんがいれてくれた、ダージリンティーとの相性も良かった。
それからブロンシュさんとのおしゃべりは、とっても楽しかった。特にお菓子の話題で盛り上がった。いつもだったら人見知りしちゃうわたしだけど、なぜか初めて会ったばかりなのに、ブロンシュさんになら不思議と話すことができた。
だからかな。気付けばわたしはブロンシュさんに、
「あの、ブロンシュさん。その……、時間を止められる魔法ってありますか?」
こんなことを言っていた。
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