四杯目:思い出のフロランタン 〜hiver〜
1.
もしも一つだけ、魔法が使えるとしたら。わたしだったら、時間を止めたいーー……。
✳︎
小学六年生のわたし・
とはいっても、ここは小さな田舎町だ。東京みたいに学校がたくさんある訳ではない。町中の数少ない中学校の内の一つ、今通っている小学校から程近い距離にある学校に、わたしたちはみんな通うことになっている。
なので、小学校を卒業しても、同級生たちとはまた一緒。お別れするのは六年間通った小さな古ぼけた校舎と、先生たちくらいで。だからそんなにさみしくないよねーー、それがクラスの子たち、みんなの思いであったし、わたしの思いでもあった。そう、
柊くんは、同じクラスの男の子で。お父さんの仕事の都合で小学校を卒業する前に、突然転校することになったらしい。二学期の終業式が終わったら、その足で東京に行ってしまうとのことだ。
柊くんも、同じ中学校だと思っていたのにーー……。
わたしは、はあと。冷ややかな風に吹かれながらも、まっ白な息をはき出した。
柊くんとわたしは、多分そんなに仲は良くない。わたしは、男の子と話すのが大の苦手で。自分からはとても話しかけられない。だから、男の子の友達は一人もいない。
だけど、柊くんだけは隣の席になったのをきっかけに、わたしに度々話しかけてくれるようになった。
特にクラブ活動をしている時だ。わたしはお菓子を食べるのも、作るのも、どっちも同じくらい大好きで。学校のクラブ活動では、クッキングクラブに所属している。
柊くんは、わたしとちがってサッカー部で。だけど、家庭科室が一階の、グラウンドに面している位置にあるおかげで、サッカー部が練習している様子が窓越しによく見える。
また、柊くんは、よくグラウンドから家庭科室の窓をのぞきこんでは、その中からわたしを見つけて、
「白雪、何作ったの? 試食させてよ」
なんて言って、窓からぐっと、わたしに向かって手を伸ばすの。だからその度に、わたしはその手に、できたばかりのお菓子をのせてあげていた。
だけど、柊くんはサッカーがとても上手で。女の子たちに人気があるから、他の子たちも、
「わたしたちが作ったのも食べてよ」
と、こぞって柊くんに、できたてのお菓子をあげている。柊くんはその誘いを断ることなく、みんなのお菓子も同じように食べている。そう、わたし以外の子が作ったお菓子もだ。
だから、きっと、わたしだけが特別ではない。それは自分でもよく分かってるの。だけど……。
それでも、わたしにとっては特別で。その時間がとてつもなく好きだった。
だけど、時間はいやでも過ぎ去ってしまうもので。柊くんが転校しちゃうまで、あと一週間ほどにまでせまっていた。
もしも一つだけ、魔法が使えるとしたら。わたしだったら時間を止めたい。このまま時間が進むことなく、冬休みが来ないで。永遠に同じ時間が繰り返されれば良いのに。
それがかなわないなら、せめて。その時間をビンの中にでも閉じ込めておきたい。柊くんが、いつも、「おいしい!」って。そう言ってわたしが作ったお菓子を食べてくれている、あのささやかな時間を。
なんて。そんな夢みたいなことを考えて歩いていると、あれ……。
「ここ、どこだろう……?」
学校から、いつもの通学路を歩いて家に向かっていたはずなのに。気付けばわたしの周りは、見知らぬ景色に染まっていた。
ここは、一体どこだろう。いつの間に、わたしはこんな木々ばかりの所に足を踏み入れていたんだろう。
くるりと振り返り、引き返せばきっと、いつもの道にもどれるとは思う。そう思ったけど、でも、なぜかこの道の先がみょうに気になり。わたしは少し考え込むと、そのまま前に進んで行った。
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