8.
やっと放課後になって。アタシと月島さんは、昨日の小道を通ってブロンシュさんのカフェに行った。
お店の中にいたブロンシュさんに事情を説明すると、
「ごめんなさい」
と、ノワールにしかられたブロンシュさんは、しゅんと小さくなって頭を下げた。
「確かに突然入れ替わっちゃってびっくりしたけど、でも、もともとアタシがブロンシュさんにお願いしたことだから。
それに、こんな体験、めったにできないから。なんだかんだ楽しかったし、それから、」
それから、何より分かったから。確かに月島さんには憧れている。今でも月島さんみたいな女の子になれたらって思うもん。だけど、きゅうくつな思いをしてまで、アタシはアタシを捨てたくない。
アタシは、アタシのままでいたいーー……。
ブロンシュさんの魔法のおかげで、そう思えるようになったんだもん。むしろお礼を言いたいくらいだ。
今のアタシは、確かに鷹城くんの理想とは程遠いけど、それでも。アタシはアタシらしくで勝負したいって、そう思うようになっていた。まあ、ガサツな所とかは、ね。それなりに直すようにしようとは思うけどね。
だから気にしないでとブロンシュさんに告げると、月島さんもアタシの意見に同意した。
「わたしも今日一日、星川さんになれて、とっても楽しかったです。星川さんには悪いけど、できるなら、ずっとこのままでいたいって、そう思えるくらいです」
え……。月島さんがアタシのままでいたい?
どういうことだろうと思っていると、月島さんはアタシを見つめた。
「わたし、ずっと星川さんに憧れていたんです。だからブロンシュさんの魔法で、わたしと星川さんが入れ替わっちゃったんだと思います。わたしがなりたい自分ーー、星川さんになりたいって、そう思っていたから」
ええっ、あの月島さんがアタシにーー!?
アタシは思わず、
「どうして?」
と、横から口をはさんで聞いてしまう。
すると、月島さんはにこりと笑い、
「だって星川さん、いつも楽しそうだから」
「楽しそう?」
「うん。わたし、本当はアイドルとか、おしゃれのこととか、あまり興味がないの。それよりも、ゲームとかスポーツの方が好きなの。
だけど、お母さんは、そういうのは男の子が好きなものでしょうって言って、良く思ってくれなくて。それから外で遊ぶのも、女の子なのに服をよごすようなことをしたらダメじゃないって、許してくれなくて。
だから、いつもそういうのにとらわれないで、自由で素直な星川さんがうらやましかったの。服がよごれるのを気にしないでスポーツをしたり、男の子にも負けないで向かっていったりするでしょう? そんな星川さんが、とってもかっこいいなって」
月島さんってばアタシのこと、そんな風に思ってたんだ。全然知らなかったな。たくさんほめてもらえて、なんだかはずかしい。
月島さんはブロンシュさんに向き直ると、
「だからわたしは、星川さんのままでいたいけど。でも、それだと星川さんに迷惑がかかっちゃうから。
それに、できるなら星川さんの体ではなく、人の力を借りないで、ちゃんと私の体で、なりたい自分になりたいんです」
と、真剣な瞳をして言った。
ブロンシュさんは、そんなアタシたちに、ふふっとやさしく笑いかけてくれ。
「あのね、昨日二人が食べたタルト・タタンだけどね。タルト・タタンは、失敗から生まれたケーキなの」
「えっ、失敗?」
「ええ。フランスのタタン姉妹という人たちが、アップルパイを作っていたの。でも、リンゴを煮詰めすぎちゃって。だけどタタン姉妹は、煮詰まったそのリンゴの上にタルト生地をのせて、フライパンごとオーブンで焼いてみたの。そう、そうして生まれ変わったのが、タルト・タタンなのよ」
そっか……。タタンはりんごのことじゃなく、人の名前だったんだ。それから、あんなにおいしかったタルト・タタンも、もとは失敗から生まれたもの。
ブロンシュさんも、アタシと同じことを思ったみたい。
「失敗は成功の元よね」
と、ほほえみながら言った。
「つぐみちゃんみたいに、自分らしさを大切にするのも大事。雲雀ちゃんみたいに、なりたい自分に変わろうとするのも大事。どっちも同じくらい大事で、どっちも同じくらい大切ーー……」
今の自分を大切にすることも、変わりたいと思うことも、どっちも大事。ブロンシュさんは繰り返す。
こうしてブロンシュさんの魔法の力で、無事元の体にもどったアタシたちは、カフェ・プランタンを後にした。
アタシは、アタシらしく。月島さんは、なりたい自分にーー……。
どっちも大事で、どっちも大切。ブロンシュさんの言葉が、アタシの中で何度も何度も反響する。
途中まで一緒に帰っていた月島さんが、突然立ち止まると、
「ねえ、星川さん。今度、私にサッカーを教えてくれない?」
そうお願いしてきた月島さんに、アタシは、
「うん、もちろんーー!」
元気良く答えた。
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