6.

 ブロンシュさんのお店を出た後、アタシと月島さんはそこで別れ、それぞれ来た道から家へと帰った。


 ブロンシュさんの魔法は残念だったけど、でも、ごちそうになったタルト・タタンと紅茶は、とってもおいしかった。それに、ブロンシュさんみたいなステキな人と知り合えたんだもん。それだけで十分だと、アタシはスキップをしながら帰路を進んだ。


 本当は今日のステキなできごとを、お母さんやつばめちゃんたちに話したかったんだけど……。学校帰りの寄り道のできごとだもん。お母さんにはしかられちゃうだろうし、ブロンシュさんが魔女だってことも、話してもなかなか信じてもらえないと思う。それに、ブロンシュさんだって。本人から特に口止めはされてないけど、言いふらされるのはあまり良く思わないだろう。


 だから月島さんと相談して、今日のことは二人だけの秘密にすることにした。そう提案してきたのは月島さんの方だったけど、アタシは二つ返事をした。だって、秘密って、なんだかワクワクしない? それも、あの憧れの月島さんとだ。


 だからこの寄り道のことは、アタシの中で秘密の思い出にして。その日はぐっすりと眠りについた。


 そして一夜明け。ピピピ……と鳴った目覚ましのベルで、アタシは目が覚めた。本当はまだ寝ていたかったんだけど、でも学校がある。早く起きないと遅刻しちゃう。


 だから、がんばって目を開けたんだけど、

「あれ……。ここ、どこだろう……?」

 瞳に映ったのはいつものアタシの部屋ではなく、見慣れない部屋だった。それだけじゃない。止めた目覚まし時計をよく見ると、アタシがいつも使っている、小学一年生の頃に買ってもらったキャラクターものの時計ではなく、白一色の、シンプルでおしゃれなものだった。


 アタシ、まだ夢を見ているのかな。


 ぐるりと室内を見回すと、全身鏡が目に入った。アタシはベッドから降りると、その鏡の前に移動して立った。すると、鏡に映ったのはアタシの顔ではなく、なぜか月島さんの顔だった。



「え……、あれ。あれえ……?」



 アタシは目をこすり、もう一度鏡をよくのぞきこむ。だけど、やっぱり鏡に映っているのは、まぎれもなく月島さんの顔だった。


 ……ってことは、ここ、月島さんの家? この部屋は、月島さんの部屋?


 アタシが月島さんになってるってことは、きっと月島さんはアタシに……。


 もしかしてアタシと月島さん、入れ替わってるーー!??


 昨日のブロンシュさんの魔法、あれは失敗なんかしてなかったんだ。魔法がきくまで時間がかかっていただけで、ちゃんと成功してたんだ。アタシが月島さんになりたいーー、そう思ったから、アタシと月島さんは入れ替わっちゃったんだ!


 とにかく学校に行こう。アタシの考えが当たっていたら、アタシの体には月島さんが入ってるはずだもん。


 だけど、月島さんのお母さんは、月島さんみたいに上品な人で。アタシが朝食をーー、トーストにオムレツ、ハムにサラダといった、今年の夏休みの家族旅行で泊まった東京のホテルで出てきたような、おしゃれでステキなメニューに心躍らせながらも急いで食べていると、

「あら、雲雀ちゃん。どうしたの? そんな下品な食べ方をして!」なんて注意されちゃって、得意の早食いができなかった。


 それだけじゃない。月島さんのクローゼットの中はワンピースやスカートばかりで、ズボンが一枚もなかった。憧れていたスカートだけど、スカートをはいたのなんて幼稚園の時以来だ。だから、すそがめくれないように、注意しながら走るのって大変で。おかげでいつもよりおそくしか走れなかった。


 それでもどうにか学校に着くと、教室の中にアタシがいた。アタシは、アタシの席に座っていた。


 アタシはランドセルを背負ったまま、なんだか変な気分だったけどアタシに近付いて行く。声をかけようとしたけど、

「月島さん」

そう呼ぶのは、周りからしたら変に思うよなあと。なんて呼んだらいいんだろうと悩んでいると、アタシの中に入っているだろう月島さんが気付いてくれて、

「ちょっと来て」小さな声で、そう言った。


 アタシはうなずくと、背負っていたランドセルを月島さんの机の上に置いて、それからアタシの中に入っている月島さんの後に続いて教室を出た。


 人気のない階段の踊り場に着くと、早速アタシは口を開いた。



「月島さん、これって……!」


「ええ。きっとブロンシュさんの魔法だと思うの」



 月島さんもアタシと同じ考えだった。



「どうしよう!」



 アタシが問いかけると、月島さん……、顔はアタシなんだけど、やけに真剣な顔をして、

「二人そろって学校を抜け出すのはむずかしいと思うし、問題になったらめんどうだから、今日一日はお互いにお互いのフリをして。放課後、また二人でブロンシュさんの所に行こう」そう提案した。

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