5.

 ブロンシュさんは上品な仕草でお茶を飲み、ほっと一息つくと、アタシと月島さんの顔を交互にながめてから、

「二人は仲良しなの?」

と、突然たずねてきた。



「えっ? えっと……」



 アタシは思わず返事に詰まってしまう。アタシと月島さん、別に仲は悪くないとは思うけど。でも、月島さんと一緒に行動したのなんて、今日が初めてみたいなものなんだもん。


 アタシが返答に迷っていると、月島さんが、

「わたしたち、同級生なんです。学校が同じで、クラスメイトで」



 偶然このカフェの前で会ったから一緒に中に入ったんだと、無難に答えてくれた。さすが月島さんだなと、アタシはまた感心してしまう。



「そうなのね。私はてっきり、二人は同じ悩みを持つ者同士のお友達だと思ったんだけど」


「え……?」



 同じ悩みを持つ者同士? アタシの今の悩みは、女の子らしくなりたいことだ。それじゃあ月島さんも、そんな風に思ってるの? 月島さんは、もう十分女の子らしいのに?


 アタシが頭を悩ませていると、月島さんはうつむいていて。だけど、すっと頭を上げると、

「わたし、変わりたいんです」

 ブロンシュさんに向かって、そう言い放った。


 変わりたい? あの月島さんが? 月島さんは今でも十分完璧なのに?


 どういうことだろうと思っていると、月島さんはちらりと一瞬アタシの方を見た。だけど、すぐにまたブロンシュさんへと視線を戻した。



「わたし、今の自分がきらいなんです」


「きらい?」


「はい。わたし、いつもお母さんの顔色ばかりうかがって、従ってばかりで。

 たとえば、本当は髪を短くしたいんですけど、でも、お母さんは女の子なら長い髪じゃないとダメだと言って、それで切らせてもらえなくて。

 だから、わたし、変わりたいんです。なりたい自分になりたいんです」



 きっぱりと告げる月島さん。その目はすごく真剣で、かっこよくて。とってもステキに見えた。


 そんな月島さんをブロンシュさんは、

「そうなのね」

と、やさしく受け入れる。


 ふうん。月島さんでも、コンプレックスっていうのかな。そんなものがあったんだ。なんだか意外。


 そんなことを思っていると、ブロンシュさんは、月島さんから今度はアタシへと視線を動かす。


 じっと、ブロンシュさんに見つめられ。



「えーと、アタシは……」



 ブロンシュさんの透き通った瞳に見つめられると、どうしてかな。なんだかすべてを見通されている気がした。ブロンシュさんが魔女だからかな。


 アタシも、気付けば口を開けていて、

「アタシは、その……。アタシも、変わりたくて。女の子らしくなりたいなって思ってて」

 月島さんみたいにーー……。


 すると、ブロンシュさんは月島さんの時と同じように、アタシのことも受け入れてくれた。


 それから、ふふっと、やわらかくほほえんで。



「それじゃあ、私が二人に魔法をかけてあげようか」


「えっ、魔法?」


「ええ。なりたい自分になれる魔法を」



 なりたい自分ーー?


 それって、もしかして、月島さんみたいな女の子になれるってこと? おしとやかで、上品で、鷹城くんが振り向いてくれるような、そんな子になれるってこと?


 もし本当になれるとしたらーー……。



「「なりたい!」」



 えっ……?


 アタシと月島さんの声が重なった。


 なんだか急にはずかしくなり、アタシは小さくなった。月島さんも同じような反応をしている。


 だけど、ブロンシュさんはそんなアタシたちには構わず、「分かったわ」


 そう言うと両手を広げて前に突き出し、むむむ……と眉間にしわを寄せ、ぶつぶつと呪文みたいなものを唱え出した。なんだか本当に魔女みたいだ。


 だけど……。


 いつまでたっても、何も起こらない。窓ガラスに鏡みたいに映っているアタシの顔をじっと見たけど、アタシはアタシのままで。月島さんの外見も、アタシ同様まったく変わっていなかった。


 ブロンシュさんは、

「あら。あらら……?」



 へにょりと眉尻を下げて、

「また失敗しちゃったかしら?」

と、つぶやいた。


 すると、ノワールは目を針みたいにとんがらがせて、

「このドジッ!」

と、落ち込んでいるブロンシュさんをしかりつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る