2.

 せまい一本道をどのくらいの時間かな。時計を持ってないから分からなかったけど、とにかく進んで行くと次第に道が広くなっていって。一軒の小さな建物が現れた。


 紺色の屋根に、白い壁をした小さなおうち。だけど、白い壁は所々薄っすらとよごれている。扉の前に、立て看板が置いてあって。看板には、『カフェ・プランタン』と書かれていた。



「カフェ・プランタン? へえ、この町にこんなお店があったんだ」



 ちっとも知らなかったな。それにしても、こんな分かりづらい所にお店を開いて、お客さんは来てくれるのかな。それとも、とっくに閉店しちゃってる?


 扉にガラス窓があったので、アタシはそこからジロジロと店内をのぞいてみる。ううん……、店の中が薄暗くて、よく見えないな。やっぱりつぶれちゃっているのかな。


 そんなことを思っていると、

「星川さん?」

と、突然後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにはなんと月島さんが立っていた。



「あれ、月島さん。月島さんの家、こっちだっけ?」



 アタシはランドセルを背負ったままの月島さんにたずねる。


 月島さんの家は、確かアタシの家とは反対方向だったはず。なのに、月島さんはランドセルを背負っている。月島さんみたいな真面目な子が、学校から一度家に帰らず、そのまま遊びに出かけるとは思えない。


 月島さんも、アタシと同じようなことを思ったんだろう。きょとんと目を丸くさせたまま、

「わたし、あっちの方から来たの」

と、アタシが進んで来た道とは正反対の方の道を指差した。どうやらアタシと月島さんが通って来た道は、同じ一本の道で。その途中にこのお店があって、アタシと月島さんは出会ったみたい。



「月島さん、ここに来たことある?」


「ううん、初めて」



 月島さんはアタシと一緒で、見かけない道を見つけたので、気になって進んで来たのだと言った。



「そっか。この店、なんかかわいいよね。看板にカフェって書いてあったけど、やってるのかな?」


「オープンって書かれた札が下がっているから、やってるんじゃないかな?」


「えっ? あっ、本当だ」



 月島さんの言う通り、扉のドアノブに、『OPEN』と書かれた札が下がっていた。


 月島さんもアタシのとなりに並んで、ガラス窓からお店の中をのぞくけど。やっぱりよく見えなかったんだと思う。月島さんは、小さく首をかしげさせた。


 だけど、少し考え込んでから、

「どうする、中に入ってみる?」

と、たずねてきた。


 まさか月島さんの口から、そんな積極的なセリフが出てくるとは思わなくて。アタシはちょっとびっくりしてしまった。


 だけど、そのカフェが気になっていたアタシは、もちろん、

「うん!」そう返事をしたかった。


 けれど。



「でもアタシ、今、お金持ってないよ」



 残念だけど、今はまだ学校帰りだ。サイフは家にある、お金がないのにカフェに入るのもね。


 出直すしかない。だけど、なぜかアタシは、今、この店に入らないと、二度とその機会を失ってしまうんじゃないかって。そう思えてならなくて。


 あきらめかけていると、

「お金なら、わたし、持ってるよ」

と、月島さんが言った。



「えっ、本当?」


「うん、二千円くらいだけど。お母さんにいつも持たされているの。何かあった時のためにって」



「お母さん、用心深いから」と、月島さんはランドセルのポケットの奥からサイフを取り出し、アタシに見せる。


 さすが月島さんのお母さんだ。ウチのお母さんなら、「何か困ったことがあったら、近所の人に助けを求めなさい」だもん。始めから人任せにしないで、まずは自分でどうにかするのって大切だよね。


 月島さんはアタシの分もお金を払うから、一緒に中に入ってみないかとアタシを誘う。月島さんも、アタシと同じことを思っているみたい。今、この店に入らないと、二度とここには来られないような気がするって。


 だけど、月島さん、一人でカフェに入るのはこわいみたい。まあ、アタシもカフェなんて一人で入ったことないから、一人でなんて緊張しちゃうよね。


 カフェならレストランとちがって、そんなにお金はかからないよね。お金は明日、月島さんに返せば良いだろう。


 アタシが「良いよ」と返事をすると、月島さんはうれしそうに笑った。こんなにも積極的な月島さん、初めて見た。月島さんはアタシ以上に、このカフェが気になって仕方ないみたい。なんだか意外。


 こうして話がまとまると、アタシと月島さんは、「ごめんください」と声をかけながら、ゆっくりと店の扉を開いていった。すると、チリン、チリンと、かん高い鐘の音が鳴った。


 その音に思わずおどろいていると、店の奥から、

「はーい」

と、鈴を転がしたような、澄んだ声が聞こえて来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る