7. 〈fin.〉

 ピアノのコンクール当日ーー。


 わたしの順番まで、あと一人。ステージのかげで待機しているわたしは、前の子の演奏にそっと耳をかたむける。


 わたし、ドキドキしてる。前までは、このドキドキが大きらいだった。


 だって、おなかが痛くなって、息だって苦しくなる。だけど、今、感じているドキドキは、前までのものとはちがう。まったく不安がないと言ったらうそになっちゃうけど、でも。このドキドキには、たくさんのワクワクが詰まっている。


 今、わたしがここに立っているのは、ママの意思じゃない、わたしが決めたこと。わたしが望んで立っているんだ。


 大丈夫、大丈夫。


 だって、私にはブロンシュさんと、それから森の動物たちがついているんだもの。わたしは、わたしの音をーー、わたしだけができる演奏をするだけだ。


 この演奏は、決して上手ではないかもしれないけど。でも、今のわたしにできる、精いっぱいの演奏だ。


 これが、今のわたしの全て。それをたくさんの人に聴いてもらいたい。最高のわたしの演奏を。


 ずっと流れていたメロディーが鳴り止み。数拍の間を空けてから、機械混じりの声で今度はわたしの名前が呼ばれる。


 わたしは一歩、また一歩と、ステージの上に置かれているピアノを目がけて歩いて行く。


 イスに座ると、小さく息を吸って、はき出して。それから、ゆっくりとまぶたを開かせていく。



「ありがとう、ブロンシュさん」



 そう心の中でつぶやいてから、わたしはゆっくりと鍵盤に手をそえた。

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