4.

 ピアノをやめたらーー……。


 その思いばかりが、わたしの中をぐるぐると回り続ける。


 食べかけのサマープディングをそのままにしてしまっているわたしに、ブロンシュさんは、

「ねえ、琴音ちゃん。琴音ちゃんは、ピアノを習っているの?」

と、突然たずねてきた。


 どうして分かったんだろう。びっくりしたわたしの目は、きっと丸くなっていたにちがいない。ブロンシュさんは魔女だから、教えてもいないわたしのことが分かったのかな。


 そんなことを考えていたのも、ブロンシュさんには分かっちゃったのかな。ブロンシュさんは、わたしのおけいこカバンを指差して、

「ピアノの柄のカバン、かわいいね」

と、言ってくれた。



 ああ、そうか。このカバンの柄を見て分かったんだ。


 納得のいったわたしは、一つ小さな息をはいた。



「ええ、習っていますが……」


「そうなんだ、すごいね」


「別にすごくなんか。最近はコンクールで予選落ちばかりだし……」



 そう、わたしはすごくなんかない。わたしよりすごい子は、世の中にはたくさんいる。だからわたしは、人の何倍も練習しないといけない。


 それは、ブロンシュさんも同じだろう。そうーー……。



「ねえ、ブロンシュさん。ブロンシュさんは魔法の修行をしに、この町に来たって言ってましたよね。ブロンシュさんは魔法の修行、いやにならないの?」



 ブロンシュさんの様子をみていると、魔法の修行は全然進んでいないみたい。さっきも初歩的な魔法なのに失敗して、師匠であるノワールに、こっぴどくしかられていたしね。


 こんな言い方、失礼だとは思うけど。ブロンシュさんには、才能がないーー。


 魔女のこと、魔法のことはさっぱり分からないけど、でも。きっとブロンシュさんが一人前になるまで、とっても時間がかかりそう。


 わたしだったら、きっと。もうやめちゃっていると思う。


 やめちゃう……。


 そっか。もしかしたらブロンシュさんも、やめたくてもやめられない事情があるのかもしれない。魔女ならそうだよね、魔法くらい使えないとだもんね。


 やめたいけど、やめられない。そう、わたしみたいにーー……。


 見上げたブロンシュさんは、

「そうね」

と、静かにつむいでから、

「いやにならないーーって言ったら、うそになっちゃうわね」

と、やわらかくほほえんだ。



「だけどね、やめようと思ったことはなかったかな。失敗ばかりで、ノワールさんにはいつも怒られてばかりだけど。

 でも、できなかったことができるのって、とっても楽しくて、うれしくて。だから、私はこれからも魔法の修行を続けたいって思ってるわ」


「そうですか……」



 続けたい、か。ブロンシュさんは強いな。


 ブロンシュさんは強い。わたしと同じだと思っていたけど、ちがったみたい。だって、わたしは続けたいとは思えないもの。


 ブロンシュさんは、マドラーでグラスの中をかき回す。氷がグラスにぶつかり、カランとかん高い音が鳴る。


 ブロンシュさんは、

「ねえ」

と、わたしの鼓膜をそっと揺すり、

「私、琴音ちゃんの演奏、聴いてみたいな」そう、頼んできた。



「えっ? でも、ピアノなんて……」



 わたしは辺りを見回すけど、思った通り、このカフェの中にピアノはない。これじゃあ、聴いてみたいって言われても無理だよね。


 そう思っていると、

「それなら心配いらないわ」

と、ブロンシュさんはイスから立ち上がった。そして、目をつむり、ブツブツと何やら、呪文みたいなものを唱え出した。するとーー……。


 店内中、まばゆい光に包まれて。そのまぶしさに耐え切れず、わたしは思わず目を強くつむった。

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