3.
カフェ・プランタンの中は外観と同様、ちょっと古くさくて。だけど、インテリアはアンティークものっぽくて味が出てるし、お花もたくさん飾られていて、おしゃれな雰囲気だ。SNSなんか使って宣伝したら、特に女の人なんて写真映えしそうだから、こぞって来てくれるんじゃないかなあ。
扉近くにはケーキが並んでいるショーケースと、それからカフェと名が付いているだけあってイートインもできるのだろう。ちらほらとテーブルとイスが置かれている。
すっかり断るタイミングをうしなってしまったわたしは、ブロンシュさんに言われた通り、その内の一つに腰を下ろした。
「ねえ、琴音ちゃん。サマープディングは好きかしら?」
「サマープディング?」
なんだろう、初めて聞いた名前だ。サマーって、夏のことだよね。プディングは、プリンをそんな風に呼ぶこともあったはず。つまりは夏のプリンのこと?
気になったわたしは、それがどんなものか知らなかったけど。そのサマープディングをお願いした。
夏のプリンってどんなのだろうと思っていると、わたしの予想をはるか上にいった、真っ赤なプリンが目の前に運ばれて来た。
プリンの頭には真っ白な生クリームと、それからラズベリーにブルベリー、ブラックベリーにイチゴといったベリー系のフルーツが王冠みたいに飾り付けられている。とってもかわいい……!
まるで宝石のようなそのプリンにすっかり心をうばわれてしまったわたしに、ブロンシュさんは飲みものもくれた。
その飲みものは、アップルジュースとリーフティーを混ぜて作ったアイスティーだそうで。透き通るようなオレンジ色をしていて、とってもきれいだ。
いただきますと言った後、わたしはすぐにスプーンを手にした。早速一口、サマープディングをすくおうとしたけど。
「あれ……?」
見た目はプリンみたいなのに、なんだかモチモチしていて。つるんとすくうことができない。
そこでわたしは、スプーンでプリンを思い切りつついた。すると、プリンに切れ目が入り。中からゴロゴロと木の実と、それから、じゅわっとプリンと同じ色をした赤い汁が、お皿いっぱいに広がっていった。
その光景におどろいていると、わたしの前に座っていたブロンシュさんは、ふふっと小さく笑った。
「サマープディングはね、食パンに砂糖で煮たベリー類の果汁を染み込ませたお菓子なの」
「食パン? そしたら、このプリンみたいなのは食パンなんですか?」
なるほど、それでこの感触か。
プリンにしてはおかしかったもんねと、わたしは納得がいった。
だけど。
「でも、どうしてこのお菓子は、サマープディングっていうんですか? プディングって、プリンのことですよね?」
わたしが首をかしげさせると、ブロンシュさんは、
「あのね、プディングって、蒸し料理のことをいうのよ」
と、教えてくれた。
「確かに琴音ちゃんが言ってるプリンも牛乳と卵を使った蒸し料理だから、プディングの一種なんだけどね。プリンは正式には、カスタードプディングというの。
日本の人は、琴音ちゃんみたいにカスタードプディングのことを、プディングそのものだと思っている人も多いものね」
そっか、全然知らなかったな。わたしもてっきり、プディングってプリンのことだと思っていたもんね。
ブロンシュさんの話によると、サマープディングは、イギリスでは夏の定番スイーツみたい。
確かに夏の日差しを浴びて育ったベリーの甘酸っぱい果汁がたっぷり染み込んだパンは、口の中でじゅわじゅわと、やがて、のど奥へと染み渡っていって。すっかり暑さで弱っていた体に元気をくれた。
ブロンシュさん特製のアイスティーも、ほのかな甘さに、後味はさっぱりとしていて。からっからだったのどを、やさしくうるおしてくれる。
朝も昼も夜も、一日中ピアノのことしか考えてなかったから。こんな風にゆっくりとお菓子を食べるのなんて久しぶりだ。
もしわたしがピアノをやめたらーー……。今みたいにゆっくりお菓子を食べたり、それからずっとがまんしていた、友達と好きなだけ遊んだりすることもできるんだろうな。
友達と、か。最後に友達と遊んだのは、いつだっけ?
……あれ。本当にいつだろう。まったく覚えてない。
スプーンを持っていたわたしの手は、いつの間にか止まってしまっていた。
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