4.
ブロンシュさんはティーカップに口を付け、一口紅茶を飲んでから、ゆっくりとカップをソーサーの上に戻す。
それから、わたしの瞳をじっと見つめた。
「私ね、この町に来て一年たつけど、こんな風に、いまだに失敗ばかり。だけど、それでも今の生活は、この町での暮らしは楽しくて気に入ってるの。
でも、晶子ちゃんは、この町での生活に対して不安の方が大きいのかな?」
えっ。どうしてそれを……?
ブロンシュさんは、まるでわたしの心の中をのぞき込んでいるみたい。わたしのフォークを動かしていた手がぴたりと止まってしまう。
わたしは食べかけのケーキをそのままに、すっかり持て余してしまったフォークをお皿の上に置いた。両手は自然と下がって、やがてひざの上に落ち着く。
わたしは、じっとそれを見つめて。
「だって、友達がいないから……」
学校で、ひとりぼっちになっちゃうーー……。
ブロンシュさんは、「そっか」と、小さな声でつむいだ。
それから、
「そうだね」
と、前置きをした。
「私もね、この町に来る前は、わくわくが半分、もう半分は不安だったな」
「え……。ブロンシュさんも……?」
「ええ。もしこの町にうまく溶け込めなかったらどうしよう。私が作るお菓子が町の人たちに受け入れられなかったらどうしようって」
あ……。ブロンシュさんでも、そう思うんだ。大人でも、そんな風に不安に思うことがあるんだな。
ブロンシュさんは、わたしの心の声が聞こえたのか、「そうよ」と同意する。
「だけどね、考えるのを止めたの。いつまでも悩んでないで、まずはやってみようって。やってみて、うまくいかなかったら、その時はまた考えようって。
それにね、思い切ってやってみたら、自分では思いもよらなかった良い方向にものごとが進むこともあったりね」
ブロンシュさんは、わたしの食べかけのショートケーキを指差して。
「晶子ちゃんが選んでくれた、そのショートケーキ。私ね、ケーキの中では一番ショートケーキが好きなの。
だけどね、ショートケーキって、とってもシンプルなケーキでしょう。その分、他のケーキみたいに、ごまかしがきかないの。
だからね、何度も何度も作って、その度に失敗しては、また作って。そうして、ようやく納得のいくものになったの」
あ……。だからこのショートケーキは、こんなにもおいしいんだ……!
ブロンシュさんって、すごいな。このショートケーキだけでなく、きっと苦手な魔法だって。失敗してもめげないで、ずっと修行にはげんでいるんだろう。
だけど、わたしは。わたしは……。
「でも、わたし、自分から人に話かけるのが苦手で。きっと友達なんてつくれない……」
わたしは、ぎゅっと両のこぶしを小さく握りしめる。
わたしは、ブロンシュさんとはちがう。
手も足も、体中、勝手にふるえ出す。
ブロンシュさんは、そんなわたしにふわりとやさしくほほえんでくれ。
「ねえ、晶子ちゃん。晶子ちゃんの好きなものは何?」
「えっ、好きなものですか? えっと、その、本が好きです」
「へえ、そうなんだ。私も本は好きよ。夜、寝る前に読むのが習慣なの。
晶子ちゃんは、どんな本を読むの?」
「本ならなんでも。でも、一番よく読むのはファンタジーな物語が多いです。魔法とか不思議な国のお話とか。とってもわくわくするから」
「あら。それじゃあ、魔女は好き?」
「魔女ですか? はい……」
幼い頃に読んだ、『魔女図鑑』という絵本。あの本も魔女のことがたくさん書いてあって、読んでいてとってもドキドキした。わたしも魔女になりたいって、本気で思っていたな。
だからかな、ブロンシュさんが魔女だって分かっても、全然こわくなくて。まあ、ブロンシュさんが、とってもやさしい人だからなのもあるんだけど。
そんなことを思い出していると、ブロンシュさんは、ふふっと笑い、
「良かった」
と、うれしそうに言った。
「ねえ、晶子ちゃん。だったら本が好きな子に話しかけてみたらどうかな?
好きって、不思議な気持ちだと思うの。まるで魔法みたいにね」
「魔法?」
「ええ。だって、同じものが好きってだけで、なんだかその人とつながれた気分にならない?
私と晶子ちゃん、ショートケーキが好き、本が好き、魔女が好き。ね、たくさんの好きでつながった。
好きは、味方になってくれると思うの。だって、私と晶子ちゃんは、もうお友達でしょう?」
「あっ……!」
本当だ、好きでつながったーー……!
ブロンシュさんは、
「晶子ちゃんのこの町でのお友達第一号が私だなんて。とってもうれしいわ」
と、後を続ける。
「だから、今度は学校でもがんばってみよう」
「で、でも。でも、それでもうまくいかなかったら……」
「その時は、また一緒に考えましょう。ねっ? だから。大丈夫、大丈夫」
ブロンシュさんは、やさしい声でくり返す。「大丈夫、大丈夫」と。
その心地良い声は、わたしの中に浸透していく。大丈夫、大丈夫……。
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