3.

 扉が動くと、チリン、チリンと、扉の上の方に付いていた小さなベルが鳴った。お店の中も外見同様こぢんまりとしていて。ケーキが並んでいるショーケースと、それからアンティーク調のテーブルとイスが数脚置かれていた。店内の至る所にはお花もたくさん飾ってあって、なんだか外国のお店みたい。


 ブロンシュさんは、そのままわたしをショーケースの前に連れて行った。



「晶子ちゃんは、どんなケーキが好き? さあ、好きなものを選んで」


「あの、でもわたし、今、サイフを持ってなくて……」


「いいのよ、お金なんて。めいわくかけちゃったんだから、そのおわび」



 ブロンシュさんは、「ね?」と、後を続ける。


 わたしはどうしようか迷ったけど、結局はブロンシュさんに流されるままショーケースの中をのぞき込んだ。


 すると、ケースの中に収められているケーキは、不思議なことに、みんな、きらきらと輝いて見えた。どれもとってもおいしそう……!


 この中から一つだけなんて。なかなか決められそうにない。


 だけど……。



「えっと……、そ、そしたら、このショートケーキを……」



 その中でも一番きらきらに見えたのは、真っ白なクリームに、ちょこんとおすまししているみたいに真っ赤なイチゴがのっている、イチゴのショートケーキ! まるで、いちごが白いドレスを着ているみたいでステキに見えた。


 ブロンシュさんは、それをお花の形をしたお皿にのせて、席に着いたわたしの前に置いてくれる。



「晶子ちゃん、紅茶は好き? 飲めるかしら」


「は、はい! 平気です」


「ふふっ。そしたら、ストロベリーティーにしようかな」


「ストロベリーティー?」



 ストロベリーティーなんておしゃれなもの、飲んだことないけど。なんだかとってもおいしそう……!


 そう思っていると、コポコポと心地良い音が聞こえてきて。それから、いちごの甘酸っぱい香りが店内いっぱいに広がっていった。



「わあっ、良い香り……!」



 ブロンシュさんはわたしの前に、その香りの元であるティーカップを置いてくれた。



「ふふっ。どうぞ、召し上がれ」


 ブロンシュさんのその声に、わたしは早速フォークを手にした。


 ブロンシュさんに見られている中、少し緊張しながらもフォークを使ってケーキに切り目を入れる。そして一口分、フォークで刺すと、口の中へと運んでいく。


 ぱくんっ……!


 すると、口の中に生クリームの甘い味と、いちごの甘酸っぱい味、それからスポンジのふわふわとしたやさしい感触が口の中いっぱいに広がっていった。



「おいしいっ……!」



 次に口を開いた時、わたしは思わずそう声に出していた。



「ふふっ、良かった。晶子ちゃんにそう言ってもらえて」



 ブロンシュさんはそんなわたしの様子に、満足そうにふわりとほほえんだ。


 ブロンシュさんも星やハート、ネコの形をしたクッキーをノワールと一緒に食べている。



「ねえ、晶子ちゃん。晶子ちゃんは、ずっとこの町に住んでいるの?」


「いえ。今日、東京から引っ越して来たばかりで」


「あら、そうだったの。それじゃあ、この町のこと、どう思う?」


「えっと……」



 わたしは思わず返事につまってしまう。だって、この町の良い所なんて、わたしはまだ見つけられてない。悪い所しか知らないんだもん。


 どう答えたら良いか分からず。悩んでしまっていると、どうやらそれが返事の代わりになっていたみたい。



「そうねえ。確かにこの町は、東京に比べたらないものばかりかもね。だけどね、私はこの町に流れている、静かな時間がとっても好きなの」


「静かな時間……?」


「ええ。おだやかで、やさしくて、誰もを包み込んでくれる、そんな時間が。だから私も引っ越して来たの、この町に」


「え……。ブロンシュさんも?」


「ええ、そうよ」



 ブロンシュさんは、にこりと笑う。そして、ゆっくりと紅色の唇を開いていって、



「私ね、実は魔女なの」



 あっ、やっぱり……。


 突然魔女だなんて言われて確かにおどろいたんだけど、でも、さっき以上のーー、踊っているホウキや、人間の言葉を話すネコを見た時以上のおどろきはなかった。それよりも納得がいったからだと思う。


 ブロンシュさんは変わらずに、にこにことしている。


 だけど、ブロンシュさんのとなりのイスに座っているノワールは、

「“落ちこぼれ”が付くだろう」

と、横からていねいに補足した。


 すると、ブロンシュさんは眉尻を下げた。



「もう、ノワールさんってば。そんなに落ちこぼれ、落ちこぼれ言わないでくださいよ。好きで落ちこぼれをしている訳ではないんですから」


「なに、本当のことだろう。それに、オレだって好んで言ってるんじゃない」



 ノワールは目をつり上げたまま、つんとそっぽを向いた。



「おまえは今までオレが面倒をみてきた弟子の中で一番の落ちこぼれだ」

と、念まで押す始末だ。


 ふうん。ネコでも苦労するんだなっ……て、あれ。



「弟子? 弟子って、もしかしてブロンシュさんが?」



 わたしがたずねると、ブロンシュさんは一つうなずく。



「ええ、そうよ。私はノワールさんの弟子なの」


「ええっ。ってことは、ネコなのに師匠なんですか!?」



 思わずノワールを見ると、ノワールは得意げに、ふんっと鼻を鳴らした。


 まさかブロンシュさんがノワールの、ネコの弟子だなんて。だからノワールはえらそうなのかな。


 ブロンシュさんは、「ノワールさんにはいつも怒られてばかりなの」と、わたしに向かって小さく舌を出した。



「私、魔法を使うのがとっても苦手で。でも、お菓子を作るのは得意なの。それで、この町で魔法の修行をしながらカフェをしているの」


「修行? 修行って、どんなことをするんですか?」


「そうねえ。たとえば……」



 ブロンシュさんはテーブルの上にのっていた角砂糖が入っているシュガーポットに、開いた両手を向ける。そして、むむむ……と眉間にしわを寄せ。顔を強張らせて何やら念じていると、ポットのフタがゆっくりと宙に浮かび出した。


 フタはふわふわと、そのまま宙にただよう。だけど、それは次第にノワールの方に飛んでいきーー……。



「あら、あらら。違うわ、そっちじゃないの……、あっ!?」



 ブロンシュさんが短い声を上げたのと同時、ポットのフタは、ガツンッと見事ノワールの頭の上に落っこちてしまった。


 ブロンシュさんは、すっかり顔色を青くして、

「きゃーっ!? ノワールさん!」

 すっかり目を回しているノワールの体を揺する。


 すると、意識を取り戻したノワールは、ただでさえとがっている瞳をますます鋭くさせて、

「ブロンシュ、おまえというやつは……!」

 口を大きく開けて、ブロンシュさんのことをしかりつけた。



「まったく、いつも言ってるだろう。おまえには集中力が足りないんだ。だから中途半端な魔法しか使えないんだよ。

 こんな初歩的な魔法ですら、まだ満足に使えないなんて!」


「ごめんなさい……」



 ノワールにくどくどとしかられ、ブロンシュさんは落ち込んだ顔で、しゅんと頭を下げた。


 だけど、次の瞬間には弱々しいながらも笑みを浮かべさせて、

「ふふっ、また失敗しちゃった」

と、わたしに向けて言った。

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