2.

 適当に、ぶらぶらと町中を歩いてみるけど。どこもかしこも古びた家ばかりが並んでいて、時折小さなお店があるくらい。



「うわあ……。本当に何にもない……」



 ちらほらと家があるだけの、さびれた町。この町だけ時代から取り残されちゃったみたい。


 わたし、これからこんな所で暮らしていくの……?


 この町で、うまく暮らしていけるのかな。学校が始まるのは、来週の月曜日からだ。友達できるかな? ……ううん、きっと無理だよ。


 前のおうちに帰りたい。桃ちゃんたちに会いたいな。


 一歩歩くごとに、そんな思いばかりが募っていく。だけど、もう前の家には……。


 ……もう帰ろう。


 こういう気持ち、憂うつって言うんだよね。わたしは家を出た時よりも沈んだ気持ちで、来た道を引き返して行く。


 すっかり重くなった足でそれでも歩いていると、ふと一本道だと思っていた通りの横に小道が見えた。


 こんな道、あったかな?


 その道は木々に囲まれていて、そのせいでさっき通った時は見落としちゃったのかもしれない。


 そのまま素通りしようとも思ったけど、何だかその道がみょうに気になって。わたしは少し考え込んでから、そろそろと足音を立てないよう注意を払いながら、その道をゆっくりと進んで行った。


 うっそうとした緑の小道を進んで行くと、次第に道がひらけてきて。やがて一軒の小さな建物が見えた。


 外見は古臭いけど、どこかこじゃれていて。アンティーク調っていうのかな? 西洋風なデザインで、白い石造りの壁に紺色の屋根。こぢんまりとしていて、なんだかかわいらしい建物だ。


 何だろう、家の前に看板が出てる。看板には、『カフェ・プランタン』と書かれていた。



「カフェ・プランタン? こんな目立たない所にカフェなんて開いて、お客さん、来るのかな」



 それともとっくに閉店してしまった空き家かな?


 そう思いながらもまたそろそろと、扉のガラス窓から中をのぞいてみようと近付いて行くと……、そう、近付いていたら、突然内側から勢いよく扉が開いて、

「きゃっ!?」

 何かが飛び出して来た。わたしはとっさに避けたけど、思わずしりもちをついてしまう。


 いたた……。一体何だったんだろう。


 中から飛び出して来たものが飛んで行った方に視線を向けるとーー。



「え……。な、何、これ……?」



 わたし、夢でも見てるのかな。だって、ホウキが……、竹ボウキがひとりでに、ふよふよと宙に浮いているんだもん……!


 しかもそのホウキはまるで踊ってるみたいに、小さくリズムをとっている。


 わたしは手で目をこすってみるけど、でも、やっぱりホウキは踊っている。


 どうしよう。頭、おかしくなっちゃったのかな?


 不安に思っていると、またカフェの扉が内側から開いて、

「もう、バレったら。お願いだから言うことをきいて……って、あら。めずらしいわね、こんなかわいいお客様は。って、やだ。もしかして、バレが当たっちゃったかしら? ごめんなさい、けがしてない?」


「は、はい。大丈夫ですが……」



 ひらすらぺこぺこと頭を下げてきたのは、二十歳くらいかな。灰色の髪に空みたいにきれいな青色の瞳をした女の人だ。手足がすらりとしていて、モデルさんみたいできれいな人。私は思わず見とれてしまう。


 すると、その女の人の後から、今度は一匹の黒ネコがすたすたと出て来た。


 その黒ネコは目がつり上がっていて、何だかあまりかわいげがないなと思っていると、「にゃあ」と一声鳴いてから、

「まったく、ブロンシュは。ホウキ一つ自由に扱えないとは、本当におまえは落ちこぼれだな!」

 えらそうな口調で女の人をしかり出した。


 ……って、あれ。今の声、確かにこの黒ネコから聞こえたよね? 他に誰もいないし……。


 わたしはまたしても頭を抱えていると、女の人は黒ネコをひょいと抱えた。



「ごめんなさい、ノワールさん」



 女の人は平然と、黒ネコと話し出す。


 あれ。あれれ……?


 本当にわたし、頭が変になっちゃった……?


 ますます頭がこんがらがっていると、黒ネコは、「おい」と低い声を出した。



「あの小娘、どうやらオレの声が聞こえているようだぞ」


「えっ、本当ですか?

 あら、あらら。もしかして、あなた、ノワールさんの声が聞こえるの?」



 ノワールさんって、きっとあの黒ネコのことだよね?


 突然たずねられ、わたしは返事に迷ったけど。



「えっと、はい……」



 正直に答えた。


 すると、女の人はにこりと笑い。



「良かったですね、ノワールさん。話し相手が増えましたよ」


「そういう問題じゃないだろう! だからおまえは、いつまでたっても落ちこぼれなんだ!!」



 女の人はまたしてもノワールという名前の黒ネコにぴしゃりと叱られてしまう。


 わたしは、何が何だか訳が分からず。すっかり混乱してしまう。


 もしかして、わたし、いつの間にか眠っていて。夢でも見てるのかな?


 そんな風に思えてくると、女の人はわたしの前にしゃがみ込んだ。女の人の、一滴のくもりもない水色の瞳が、わたしのそれを真っ直ぐにとらえる。



「あなたのお名前はなんていうの?」


「えっと、晶子です。市後いちご晶子です」


「ふふっ、晶子ちゃんね。私の名前はブロンシュ。こっちの黒ネコはノワールさんで、あのホウキはバレっていうの」



 よろしくねとブロンシュさんは、いつまでも地面に座りっぱなしだったわたしに手を差し出してくれた。


 その手に支えられて立ち上がったわたしは、ブロンシュさんにお礼を言った。



「あっ、ありがとうございます」


「いえいえ。ねえ、晶子ちゃん。お時間あるかしら?」


「え、ええ。時間ならありますが……」


「ふふっ、良かった。このカフェ、私のお店なの。ケーキを食べながら、少しお話しない?」


「えっ? でも……」


「いいから、いいから」



 ブロンシュさんは半ば強引にわたしの腕を引っ張って、お店の中に連れ込んだ。

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