21回目があれば 【KAC20217】

江田 吏来

屋台に当たりはない。それを理解した上で楽しむものなのか?

 今日は近くのコミュニティーセンターで夏祭りがある。

 金魚すくいや当てもの、綿菓子やクレープなどの屋台が並び、狭い地区の夏祭りにしては毎年豪華だった。

 今年も楽しみにしていたのに、テントとやぐらの設営をお願いされた。

 妻が町内会の役員だから仕方がないとはいえ、とにかく暑いのだ。

 

 最高気温は三十八度。太陽は殺人的な暑さで肌を焼いてくる。もちろん風は吹かないし、温室にいるような息苦しさが続く。

 四十前の俺はテントを設営しただけでくたくたなのに、七十歳をこえた翁たちは元気だった。


「柴田さん、お茶でも飲んで休むか?」

「大丈夫です」


 俺よりもはるかに年上の人たちががんばっているのに、休むのは気が引ける。大丈夫ではないが、滝のように流れる汗をふいて笑顔を作った。


「ほぉ、さすが若いもんは強いな。それじゃ、やぐらも一気にやるか」


 テントの設営がかわいく見えるほど、やぐらを組むのは大変だった。

 太い柱は持ちあげるだけで一苦労。よくわからない部品もあって、去年の写真を見ながら試行錯誤のくり返しで泣きそうになる。

 だが、背丈も横幅も大きくて、迫力のあるやぐらはかっこいい。

 夏祭りといえば、やはりやぐらは外せない。

 やぐらが完成するにつれて、重苦しい雰囲気が一気に華やかになった。


「これで良いだろう。完成だ」


 ようやく終わることができた。

 どこからか「よくがんばった!」の声と共に拍手も聞こえて、うるっときたが……。


「それじゃ、柴田さんは当てもの係で。槇島まきしまさんについて行って」

「えっ?」

「え、じゃないよ。子どもたちがたくさん来るからね。ほら、準備。急いで」


 力仕事だけで良いと思っていたのに、甘かった。

 夏祭りが終わるまで手伝いは続く。今年は祭りを楽しむ余裕などなさそうだ。


「当てものの説明をしますね。まず五人それぞれにくじの入った箱を渡しますので取りに来てください」


 一回五十円の当てもの。

 カラフルな水鉄砲や美味しそうなスイーツのストラップなど、小学生が喜びそうなおもちゃが並んでいる。

 そういえば子どもの頃、当てもので酷い目に遭った。

 ゲームソフトが欲しくてお小遣いをすっからかんにしたのだ。

 焼きそばも食いたかったし、かき氷も、から揚げも。それなのにハズレくじの連発でムキになって。

 残ったのは、学校では使えないキャラクターの鉛筆と消えない消しゴム。当てもののハズレ景品は最悪だった。


「柴田さん、聞いてます?」

「あ、はい。聞いてますよ」


 タオルで汗を拭き取って、再び説明に耳を傾けた。


「箱の中のくじとは別に、こっちが当たりくじです。最初は五枚だけ入れてください」

「全部、入れないんですか?」


 当てもののくじは全部で八十枚。当たりは一番から三十番まで。当たりが三十枚もあるのに?

 

「当たりは五枚しか入れません。去年、大失敗したので」

「失敗?」

「当たりくじを全部入れたらすぐに当たりがなくなってしまって、景品が大量に残ったのよ。ハズレの景品が残っても使い道がないでしょう」


 ハズレの景品を覗いてみると、有名キャラクターの偽物みたいな鉛筆がたくさん。怪獣や車の形をした消しゴムもある。

 

「あ、これは……」


 消すと紙が黒くなる消しゴムだった。

 子どもの頃から何十年もたっているのに、ハズレの景品が昔と同じで苦笑いしかできなかった。


「夏祭りの時間は五時から七時半までだから、六時までは当たりを増やさないように。柴田さん、わかりましたか?」

「わかりました」

「くれぐれも、七時半まで当たりがあるようにしてくださいね」

「難しいこと言いますね」

「あら簡単よ。六時に当たりを五枚増やして、三十分後に十枚増やして、七時にも十枚でしょう。これでうまくいきますよ」

「なんだか子どもを騙してるようで、つらいですね」

「そんなことないわよ。去年みたいに景品が余って赤字になると、来年から当てものがなくなりますよ。そっちの方がかわいそうでしょう。しっかりしてくださいね」


 俺はハズレだらけのくやしさを知っている。

 後から来る娘には、七時まで当てものをするなと伝えたい。ポケットからスマホを取り出すとすぐさま注意が飛んできた。


「いいですか柴田さん。このことは口外してはいけませんよ。変な噂が立ったら大変ですし。もちろん、当たりくじを入れるときも、こっそりですよ。みなさん、バレないようにしてくださいね」


 はあ、と気が抜けたかのような返事をした。すると俺だけでは不安だと思ったのか、槇島さんは神経質そうな顔をさらにとがらせて、俺のそばから離れない。当てものは一班から五班まであるのに、ずっと横にいる。

 そして夏祭りがはじまった。

 

 射的が大人気だったが、当てものも負けてはいない。

 あっという間に長蛇の列ができて、残念がる子どもの声が響いた。

 そりゃそうだ。当たりは五枚しか入っていない。でも子どもたちは当たりが三十枚も入っていると思って、くじを引く。


「お父さーん、くじ引かせてー」


 かわいい浴衣を着た娘までハズレくじを引いた。

 がっかりする姿は見ていられない。


「あーもう、くやしい。もう一回、引く」

「ダメだ。もう一回引くなら、ちゃんと並びなさい」

「お父さんのケチッ!」


 最愛の娘に嫌われた。

 七時を過ぎたら当たりがバンバン出るから、その時に来てくれ。心の中で叫んでも娘には届かない。涙が出そうになる。

 落ちこんでいると元気な声がふってきた。


「おっちゃん、オレ、二十回引くから」


 千円札をボンとテーブルにたたきつけたのは、四年生ぐらいの男の子。親から貰ったお小遣いをすべて、このくじにかけるらしい。

やめておけっ! 思わず声が出そうになったが、ぴったりと横にくっつく槇島さんがすかさず。


「はいどうぞ。いっぱい引いてね」


 ニコニコの笑顔で箱を差し出す。

 貴様は悪魔か⁉ と、叫びたくなった。

 男の子は二十回も引いたのに、当たりは出なかった。


「おっちゃん、これ、当たり入ってないやろッ」


 はい、たった五枚しか入っていません。そのようなことを言えるはずもなく、おろおろしていると、次にくじを引いた女の子が当たりを出した。

 その次の子も。

 俺はハッとした。

 時計を見ると六時を過ぎている。

 男の子と言い争っている間に、槇島さんはさりげなく当たりくじを増やしたのだ。


「くそぅっ!」


 男の子は半泣きになって去って行った。

 七時になれば当たりが増えるから。あと一回、二十一回目は当たりやすくなってるから。ごめん、本当にごめん。

 俺は心の中でずっと謝っていた。


「柴田さん、アタシちょっと休憩しますね」

「あ、はい」

「アタシが戻ったら、次は柴田さんが休んでくださいね」

「わかりました」


 当たりくじが出ると忙しくなる。それを知ってて休憩に行くとは……。

 当てものの列がさらに長くなって、疲れがどっと出てしまう。だが、これはチャンスだった。

 くじの入った箱をかき混ぜるふりをして、残りの当たりを全部入れた。

 貰ったお小遣いをすべて無駄にして、夏祭りなのになにも食べずに帰宅する悲しさを広げたくない。

 もし、さっきの男の子が戻ってきたら、二十一回目をすすめて当たりを引いてもらおう。今なら高確率で当たりが出る。


 しかし男の子の姿はどこにもない。

 代わりに槇島さんが戻ってきて、俺は休憩に入った。

 しかしすぐに、血相を変えた槇島さんが飛んでくる。


「ちょっと柴田さん! 当たりくじはどこ?」

「全部、箱の中に入れました」

「はあ? 説明しましたよね。六時半に十枚、七時に十枚って」

「子どもたちは当たりがあると信じてくじを引いてるのに、当たりがなかったらかわいそうでしょう」

「またその話ですか。当たりはちゃんと入れてるでしょう」

「少なすぎますよ」

「去年みたいに売れ残ったらどうするんですか! 今も当たりがじゃんじゃん出て、失敗しますよ」

「失敗? 当たりを引いて子どもが喜ぶ。これを失敗って言うんですか?」

「来年の予算を考えてください。きっちり売り切らないと赤字ですよ!」

「数千円程度の赤字でしょう。それぐらいなら、俺が買い取りますよ!」

「あ、そうですか。それなら、わかりました。売れ残りはすべて柴田さんに買い取って貰いますよ」

「ええ、もちろん。かまいませんよ」


 俺の言葉に槇島さんはにやりと笑い、去って行った。

 そのしたり顔が気になる。俺は弁当を食べながら首を傾げたが、すぐに「しまった」と箸を止めた。

 当てもの担当は五班にわかれている。俺は三班担当だが、槇島さんは「すべて買い取り」と言った。もしかして、当てものすべて買い取りになる?

 たらりと冷や汗が落ちた。


 そしてイヤな予感は的中する。

 お茶で弁当を流し込んで戻ってみると、当たりを手にした子どもたちであふれていた。

「まだ七時になってませんが、売れ残りは柴田さんが買い取ってくれるので、みなさん当たりを全部入れてください」という指示が出たらしい。

 

 子どもたちは当たりがほしくてくじを引く。その当たりが少なくなれば当然、くじを引かなくなる。夏祭り終了まで一時間以上あるのに、当てものから列が消えていく。

 槇島さんはニヤニヤ笑っていた。

 ムカついたが仕方がない。

 でも……。

 今月の小遣いが変なキャラクターの鉛筆と消えない消しゴムに化ける。妻にも叱られそうだけど、子どもたちが喜んでいる。

 でも……。

 複雑な気持ちをぐるぐるさせながら、地面に落ちたハズレくじを拾っていると。


「おっちゃん、一回!」


 明るい声が飛んできた。

 頭をあげると、二十回連続ハズレで泣きそうになっていた男の子がいる。

 いったん家に帰って、また来たようだ。


「二十一回目の正直! 当たりよ、来いっ」


 男の子は小さな目をギュッとつぶって、箱の中に手を入れた。

 ガサガサとかき回してつかみ取った一枚。

 当ててくれ。当ててほしいと俺も願った。

 はたして結果は――。




 


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