勇者-4

 自室に転移したリーフは、なにやらグラウンドが騒がしいことに気づいた。オトの声にまじって、知らない数名の男女の声が聞こえる。


 外に出てみると、リーフの姿に気づいたオトが泡を食って「バカ、出てくるな!」と手を振り払った。オトの前にいた、目が痛くなるほど派手な装備の男女三人組が、リーフに気づいて歓声を上げた。


「おお、やっぱいるじゃんリーフ!」


 三人組の真ん中にいた少年が、友達のようにリーフに手を振ってきた。初対面なのに。


「はじめまして。僕になにか用ですか?」


「ちょっとな」


 派手な装備と対照的に、素朴な顔の少年だった。黒い髪と目。一重まぶた。凹凸おうとつの薄い目鼻立ち。顔立ちそのものはこの国には珍しいが、美少年でもブサイクでもない、いわゆる「ごくふつう」。


 その中において顔つきだけは妙に自信満々で、立ち居振る舞いの一挙手一投足に謎の全能感ぜんのうかんがにじみ出ている。まるで自分が、世界の主人公だとでも言うように。


「俺はレン。《勇者》レンだ」


 なぜか二回名乗ったレンの肩書きに、リーフは正直に驚いた。


「勇者!?」


 その反応がさぞ心地よさそうに、レンは「そんなに驚くことなのか?」とわざとらしく頭をかいた。


 勇者とは、魔王とすべての魔族を滅ぼすために"異世界"から召喚された人間――"異世界人いせかいじん"だ。どおりで変わった顔立ちをしている。


「うちのリーフは今日忙しいんだ! 日を改めてくれ!」


 オトが必死にリーフを背に隠して、レンたち三人組を帰そうとする。察してリーフは背筋を寒くした。この勇者パーティーはまさか――僕が魔族であると見抜いて、殺しにきたのではないか。


 ところが彼らの用件は、全く違ったようであった。


「いいじゃねえか、少しくらい。今日はあんたをスカウトしにきたんだ。リーフ、俺たち勇者パーティーに入らないか?」


 レンは気取った口調で手を差し出してきた。


「スカウト……僕を……?」


「久しぶりにこの国に帰ってきたら、あんたのことが噂になっててな。すげえ魔法を使うヒーラーがいるって。だから仲間にしようと思って会いに来た。一緒に魔王ぶっ倒そうぜ」


「はぁ……」


 なんだこの人、すごいグイグイ来る。リーフの都合なんて聞いてくれそうにない。


「お誘いは嬉しいですが、僕はもうパーティーに所属しているので」


 レンはまさか断られるとは思っていなかったらしく、やや眉をひそめて切り返した。


「そりゃそうだろうよ、あんたほどの腕なら。でも、勇者のパーティーだぞ?」


「キミ、我々勇者パーティーは、言わば銀の弾丸シルバーバレットだよ。勇者だけが魔王を倒すことができるのだから。我々に比べれば、他の冒険者なぞ全て引き立て役の雑兵ぞうひょうに過ぎん。魔王を倒す尖兵せんぺいの一人として選ばれたこと、もっと光栄に思わないか」


 勇者パーティーの一人、背の高い魔導師の青年もレンに加勢する。金髪の毛先を巻いた、高貴な顔立ちの男だった。貴族、だろうか。


「言い過ぎだぞ、ルシエール」


 レンがいさめたが、その顔は「よく言った」と言いたげだ。


「リーフ。あんたのその力、この世界を救うために使わないなんてもったいないと思わないか? 俺と一緒に来いよ、リーフ」


「お前なぁ……!」と身を乗り出しかけたオトを制して、リーフは鋭くレンを見た。


「あなたの言う『世界を救う』とは、なんですか?」


 レンはぽかんと固まった。


「……魔王をぶっ殺して、魔族を絶滅させることだろ? そんなの」


 常識だろうとでも言いたげなレンに、リーフは首を振った。これ以上の会話は不毛だ。


「それなら僕は、なおさらあなたについてはいけません。お誘いありがとうございました。子どもたちも不安がっているので、お引き取りください」


 孤児院の窓から、子どもたちが何事かと心配そうな顔をのぞかせていた。レンは口を開けたまま呆然としていた。


 そのとき、勇者パーティーの紅一点が金切り声を上げた。


「ひどい!! レン君は世界を救うために頑張ってるのに!! レン君が今まで、どんな思いで戦ってきたか知らないくせにッ!!」


 ヒステリックに泣きながら、キッとリーフたちを親のかたきを見るような目で睨むのは、派手なチェリーピンクの髪の女だ。意味が分からないくらい胸の谷間や太ももを露出した赤い衣装を着ている。痴女?


「エリシア……」


 じぃんと感激した顔でレンが少女の方を見る。


「レン君! ごめんね……私が、私が弱いせいだね……」


 なにが?


「……そんなことあるもんか。君より強い女を俺は知らない。ありがとな、エリシア。元気出たよ」


「レン君……」


 レンに頭を撫でられ、顔を真っ赤にして悶えるエリシア。もう勝手にやってくれ。


「気色わりぃ。ガキどもの教育にわりぃからさっさと帰ってくれよ。もうすぐアルテも買い物から帰ってくるし……」


「なに!?」


 オトの言葉に反応して、レンは目を見開いた。


「アルテ、だと」


「おぉ。知ってんだろ、お前らの元パーティーメンバーなんだから。アルテのときだって、おんなじようにお前らがこうして勧誘しに来たんだろうが」


「そうじゃない!」


 芝居がかった仕草で、レンは自分の顔を片手で覆った。


「アルテが……生きているのか……!?」

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