勇者-5
アルテと出会った日のことを、鮮明に思い出した。
暗闇の迷宮。【回復魔法】の光だけを頼りに進んだ洞窟。曲がり角で、赤髪の女剣士とばったり出くわした。
アルテはリーフを殺す前に、気を失ってしまった。血まみれで横たわるアルテ。背中には、おびただしいほどの刺し傷――
「――今の、どういう意味ですか」
低く、リーフは尋ねた。雰囲気が豹変したリーフに、レンは
「どうって? アルテは2週間前、迷宮攻略の途中で死んじまったんだよ。確かにそのはずだったんだ。だから、驚いて」
「《剣聖》ほどの実力者が、誰にやられたんですか」
「あんたにゃまだ分かんないかもしれないけど、難易度の高い迷宮だったんだって。そこのモンスターにやられたんだよ。最後まで勇敢だったけどな……」
「――あの日、アルテさんの外傷は、背後からの刺し傷だけでしたよ」
空気が死んだ。レンの目から人間の光が消えた。口を閉じ、再び開いたとき、リーフを見下ろすその目に宿った、明確な殺気。
「――お前、あの場所にいたのか」
自分の首が飛ぶイメージが
「なぁっ!?」
「オト、構えて」
砂煙が舞う孤児院の庭で、勇者パーティー3名はゆらりと起き上がった。――無傷。あの至近距離で、あのタイミングで防ぐのか。今までの相手とは次元が違う。
「なんだ、そうかそういうことかよ。おかしいと思ったんだよな。アルテは殺したはずなのに、誰かが勝手にダンジョン攻略しちまうんだから。あの傷で生き延びれたってことは……治したのもお前だなぁ」
レンは鋭い目を病的に見開いて、腰の
『ギギィッ!!』
ギギである。レンたちを敵と判断したのか、ねぐらから飛び出してきて一直線にグラウンドを駆け抜け、レンめがけて躍りかかるや大きな拳を握りしめる。
「あん?」
片目をそちらに向けたレンは、飛びかかってきたギギに右手を伸ばし――飛来した拳に"デコピン"で応じた。爆音が駆け抜け、ギギの腕は粉々に粉砕。か細い悲鳴を上げて、ギギの巨体は砂地をごろごろ転がった。
「あれ? 俺またなにかやっちゃいました?」
呆然とするリーフとオトをこれみよがしに見てから、レンは含み笑いで頭をかいた。
「ギギッ!!」
「悪いな、あんたのペット? 壊しちまって」
レンを無視してリーフは一目散にギギのもとへ駆けつけ、粉々になった体を治してやった。涙目のギギに、「ここはいいから、隠れてな」と声をかける。
「ねぇ、なんの騒ぎ!? 二人とも大丈夫!?」
孤児院からユイが飛び出してきて、グラウンドの惨状を見るなり目を見張った。彼女の
「前来たときはあんな
レンは作り笑いを浮かべて剣を納めると、ユイに向かって「おーい」と手を振った。
次の瞬間、レンは風のようなスピードでユイの目の前に立っていた。リーフもオトも全く反応できない、アルテにさえ匹敵する速度。ユイはギョッとしてのけぞり、半歩後退した。
「な、なんですか、あなた」
「名前、なんて言うの?」
「はぁ? いきなりなに? キモいよ君」
げんなりしたユイに向け、血相を変えてオトが怒鳴った。
「ユイさん!! そいつから逃げて!!」
そう言って杖をレンに向けるが、射線上にユイが被り、魔法が放てない。ユイにこっ
レンの音速の手が、ユイの頭にポンと置かれた。遅れてそれに気づいたユイの顔が、ぞわぞわぞわと引きつる。
「なにすんっ……――」
一瞬、桃色の光がユイを包んで、それきりユイは大人しくなった。
「はい完了」
頭を撫でられるがまま、ユイは黙ってレンを見つめていた。その目にピンク色の光が瞬いて、みるみる、ユイの顔が赤くなっていく。頬が緩んでいく。まるで、恋する乙女のように。
「もっかい聞くけど。君、名前は?」
「……ユイ」
「ユイね。今から一緒に飯でも食うか? ユイがよければ、だけど」
「う、うん。……いきたい」
恥じらうように体を振って、ユイは小さくうなずいた。
鳥肌が止まらない。何をした。今、あいつはユイに何をした。
「あいつのエクストラスキルだ! 【
悲鳴と怒声を混ぜ合わせたような声で、オトが叫んだ。
なにが、魅了だ。あんなの洗脳ではないか。
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