スキル-1

 ティアは、リーフを孤児院の前まで転移で送ってくれた。外は真っ暗で、時刻は午後七時を回ったあたりだろうか。月明かりが照らす暗闇の町の中で、孤児院の建物から漏れる光だけが温かい。


 グラウンドのすみで寝転がっていたギギが、リーフの姿を見つけて一目散に、ドスドス地面を揺らして駆けてきた。


 ギギの巨体に跳ね飛ばされかけながら、「ただいま、ごめん遅くなって」とギギを撫でる。


 ギギが寝ていた場所には、大量のわらがいくつも束ねられて布団のようにかれていた。アルテとオトと子どもたちで、彼の寝床を作ったのだろうか。


「雨が降るといけないから」と、リーフはその藁布団の場所に、【創造魔法】でレンガ造りの壁と屋根を作ってやった。ギギが立っても寝転んでも窮屈しない広さで作ったから、ギギも大喜びだった。


「ただいま帰りましたー……」


 家に飛び込んで出てこなくなったギギを置いて、リーフはそっと孤児院の扉を開けた。僕が「ただいま」なんて言っていいのか、なんて思いながら。ところが、次の瞬間。


「おかえりいいいいいいいいいい!!」


「へっ!!?」


 どたどたどたどた、大量の幼い足音が、廊下の向こうから玄関口になだれ込んできた。十人以上の小さな子どもたちである。あっという間に取り囲まれ、身動きが取れなくなったリーフに、遅れてやってきたメイド服の女性が笑いかけた。


「お帰りなさい。お昼はご挨拶できなくてごめんなさいね。私はユイ、ここで働いている者です」


 肩くらいの長さに切り揃えた金髪ブロンドが似合う、二十代前半くらいの女性は、竹箒たけぼうきを小さくかかげてにっこり笑った。明るくて優しそうな人だ。この孤児院にも大人がいたのか。


「帰りが遅いと、アルテとオトが心配してましたよ」


「あぁ、やっぱり、すみません……」


「リーフ!? 帰ったのか!? おかえりー!!」


「遅えよお前、心配させんな! あの聖女様と何してやがった!」


 噂をすれば、アルテとオトが曲がり角からキキーッと急ブレーキをかけながら現れ、こちらにすっ飛んできた。


「ごめんなさい、心配かけて……」


「いいよ、そんなの! 飯くおう、飯!」


 アルテは子どもたちからリーフを引き剥がし、小脇に抱えるようにして食堂まで連れ去った。わらわらわら、とついてこようとする子どもたちを「はーい、みんなはユイ姉ちゃんと絵本読みましょうね〜!」「やったー!」とユイが巧みにせき止める。


 連れていかれた食堂には、三人分の食事が、なにやら明るいオレンジ色の光の膜に包まれた状態でテーブルに置かれていた。


「いやぁ腹減った。さっさと食おう!」


「そうだな」


 アルテとオトが向かい合わせの席について、「? なにしてんだよ、早く座れ」と二人してアルテの隣の空席を指さす。


「えっ……ふたりとも、僕を待っててくれたんですか?」


「当たり前だろ。ちゃんと魔法で保温しておいたんだぜ、感謝しろ」と、オトが指を鳴らすと、食事を包んでいたオレンジ色の膜が弾けて消えて、シチュー皿に乗ったスープと付け合わせのバケットが、どちらも出来たてみたいに湯気をたて始める。


「子どもたちは先に食わせちまったけどな」


「どうして……」


「誰かと食べるご飯が美味いって、リーフ言ってなかったっけって思ってさ」


 にっ、と少年のようにアルテが笑った。胸があったかくなって、リーフはおずおずとアルテの隣に座った。「いただきます」と食前の祈りを捧げる二人に、リーフも見様見真似でならった。


 野菜と細かいお肉が入ったスープは、決して豪勢な献立こんだてではなかったが、染み渡るように美味かった。そうでなくても、三人で食べるご飯は本当に美味しかった。


「えらく時間がかかったな。あの人になんかされなかったか? ティアさん、いい人には違いないんだけどイタズラ好きっつーか、ドSなところあるから」


「あぁ、いや、大したことは……」


 しどろもどろになると、「なんだそれ、あやしー」とアルテはまた歯を見せて笑った。見た目はティアよりずいぶん大人っぽいのに、中身はまるで正反対だ。無邪気で、子どもっぽくて。


 ティアの掴みどころのない老獪ろうかいさ、妖艶ようえんさにドギマギしていたリーフは、なんだかアルテの顔を見て一気にほっこりした。


「あん? なに笑ってんだよ」


「いや、なんか安心するなぁって」


「よくわからんけど、なぜかちょっとムカつくぞ?」

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