決闘-1

 ゼネラルギルドの裏手に併設された修練場に、銀級シルバークラスの斧使いザックと、【回復魔法】しか使えない新人ルーキーリーフの決闘を一目見ようと、大勢の野次馬が殺到していた。ザックが「決闘だ」とわめき散らかしてから、わずか15分後のことである。


 平らな砂地を白線で20メートル四方に区切っただけの、簡易的な闘技場。修練場に6つある模擬戦スペースのうちの一つだ。冒険者同士が腕試しをしたり、こうしていざこざを「決闘」でおさめようというときに活用される。


 銅級冒険者の《魔術師》オトは、ザックと向かい合うリーフをハラハラした顔で見守っていた。



『なんで決闘なんか受けたんだ! アイツは腐っても銀級! 冒険者の上位10%に入るれっきとした実力者だ! 殺されるぞ!』


 この修練場まで移動する間、オトはリーフに詰め寄った。リーフは静かに前を見つめたまま、『迷惑かけてごめん』とつぶやいた。まだ知り合ったばかりだが、オトの知るリーフとは別人のような雰囲気だった。静かなのに――すごく、怒っている。


『彼が、決闘に負けたら二度とあそこに住む人たちをバカにしないって誓ってくれたから』


『そんなことのために……オレたちは慣れてるから、別にどうってことねえよ!』


『僕がいやだったんだ。だから、僕のわがままだよ』


 こうなると、意外と頑強な男らしい。オトはそれ以上何も言えなかった。


 その条件と引き換えに、リーフは、負けたら一生ザックの奴隷になるという、めちゃくちゃな不平等条約を結んでしまった。


 決闘は喧嘩とは違う。ギルド職員立ち会いのもと行う公式な戦いだ。そう日に何度もあるものじゃないから、噂を聞きつけた街の人々まで見物に訪れるほど注目度も高い。だから、負けた場合の誓約は口約束じゃ済まされない。


「調子に乗った粗大ゴミに、社会の厳しさを教えてやる」


 巨漢のザックが背中から戦斧せんぷを引き抜いて大仰に振り回すと、風圧ともにさすがの威圧感が放たれる。銀級――一握りの一流の証である、その首飾りは伊達だてじゃない。


 対して、向かい合うリーフは丸腰だ。倍近い体格差も相まって、観衆たちの視線も名勝負を期待するものとは程遠い。いっそ気の毒そうに見ている者までいる。


「おぉい、今のうちに謝っとけよ。大怪我じゃすまないぞー」


「あんな可愛い男の子相手に、かわいそうじゃない? しかもルーキーなんでしょ?」


「いや、あれ《ゴミ箱街ダストタウン》の子らしいわよ。彼の方からザックに喧嘩ふっかけたって」


「あらそうなの? じゃあ死んでも構いやしないわね」


 聞こえてくる悪辣あくらつな台詞に、オトは歯噛みした。


 オトたちの暮らす孤児院のある地区は、ダストタウンと呼ばれるスラム街。《ステイシア》の東端に位置するおう地がそうだ。空からこの街を眺めれば、まさに"ゴミ箱"のようにそこだけ暗い穴が空いている。


 本土より数段標高が低く、周囲を崖におおわれていて日が差し込まない。土地はやせてカビ臭く、誰も好き好んで住もうとしなかったため、昔から処理に困る廃棄物はいきぶつなどが投げ捨てられていた。


 ステイシアの発展とともに貧富の差が拡大してくると、重税にあえぎ家を失った者たちが、雨風をしのげ、残飯にありつける場所を求めてそのゴミ捨て場に行きついた。土地代のかからないその場所に、やがて浮浪者が集まって、掘っ立て小屋を建て、暮らし始めた。今、ダストタウンに暮らしているのは、ほとんどが彼らの子孫たちである。


 ダストタウンで生まれたら、一生ダストタウンから出られない。税を払えないダストタウンの人々に対して国民の視線は冷ややかだ。学校はおろか、仕事などまず見つからない。


 相当の才能と努力があって初めて、一握りの者が冒険者となれるが、それ以外はダストタウンでその日暮らしの仕事をするしかない。


 オトのように、どうにか冒険者となっても、終わりなき差別と罵倒を受ける日々が待っている。それら全てをあっけらかんと吹き飛ばし、圧倒的な強さで《剣聖》にまで登り詰めたアルテは例外中の例外だ。国民の多くは、アルテがあっという間に有名になってしまったせいで、彼女がダストタウン出身だということさえ知りもしない。


「おー、早速面白いことになってんな」


 背後から楽しそうな声が聞こえて振り返ると、噂をすれば、にこにこしながらアルテがオトの隣までやってきた。彼女に気づいた群衆が、一人、二人と騒ぎ出してたちまち大騒ぎになる。


「《剣聖》様だ!」


「今日も美しいな……結婚したい……」


「でも、あの子もダストタウン出身らしいぞ」


 騒いでいた若い男たちは、一人のそんな台詞にしん、と静まり返ったあとさとすような顔つきになった。


「いや、さすがにその嘘は笑えねえわ……アルテちゃんに失礼だろ」


 こんな調子である。孤児院の子どもたちが元気なのもアルテの稼ぎでちゃんとした食事ができているから。彼女がまだ幼かった頃は、オトの記憶にも鮮明に焼きついているが、本当にひどい日々だった。


「アルテ、さっさとリーフを助けろよ。このままじゃ殺されるぞ」


「だろうな」


「はぁ!?」


「ちゃんと、危なくなったら止めるって」


 アルテの顔は既にお祭り気分だ。三度の飯より戦闘を愛する、彼女の悪い癖が出ている。

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