ギルド-3

 オトは表情を変えなかったが、彼の歯がかすかに、ギシリと音を立てた。リーフは、頭の芯がすうっと冷めていくのを感じた。


 人間は、魔族と違って優しい種族なのだと思っていた。アルテもオトも、孤児院の子どもたちも、リーフが出会った人間たちはみんな温かい人だったから。


 どうやらそうではないらしい。魔族も人間も、本質はあまり変わらないのかもしれない。


「お前なんかと話してねぇんだよ。オレはそっちの君に用があんだ。君も、この街が初めてなら覚えておいたほうがいいぜ。関わる人間は選んだほうがいいってな」


「お前が言うのかよ」と誰かが笑った。誰も、今、オトの尊厳がないがしろにされたことに気づかない。平気な顔をしているオトが、胸の奥で痛みに耐えていることに気づかない。心の傷は、リーフでも治せないのに。


 リーフは、オトが「話を合わせろ」と言った理由が分かった。オトは、守ってくれたのだ。自分と関係があると知れたら、リーフまでこんな風に、理不尽な差別を受けるから。


「さっ、そんなやつ放っておいて一杯やろうぜ。そいつ、パーティーどころかトモダチの一人もいねぇからさ。事情知らねえ君にいい顔して、頼られて気持ちよくなってただけだよ」


 ザックはうつむくオトからリーフを引き剥がし、大きな手でリーフの肩を抱いて連れて行こうとする。


 その手を、リーフは柔らかく払いのけた。


「……あ?」


 一転、炎のような殺気がザックの巨体から放たれた。


「彼を悪く言うの、やめてください」


「なんだお前、そんなやつのこと庇って……なんの関係もねぇだろうが」


「ありますよ。僕も彼のところの仲間ですから」


 途端にざわめきで空気がうねった。オトが、猫目を見張ってリーフを見つめた。「なんて馬鹿なことを」とその目が語っている。


「あっちゃー、ゴミ箱街のオトモダチでしたかぁ! そいつはすまん、オレの酒が危うく台無しになるとこだったぜ!」


 ザックは禿げた頭をぺちんと鳴らして下品に笑った。


 こいつは、オトの何を知っているのだろう。ここで笑っているやつらは、あの場所の何を知った気でいるのだろう。リーフの胸に、燃えるような感情が膨れ上がっていく。


「なんだ……冒険者ってこんな残念な人たちばかりなのか。ごめんオト君、待たせて。行こう」


 失意のため息とともに怒りをおさめ、きびすを返しかけたリーフだったが、ザックのほうが虫の居所がおさまらないようだった。


「待てよおい! 今なんつった、誰に口きいてんだ粗大ゴミ野郎がぁ!」


「ザックさん! 仕事の迷惑です、お引き取りください!」


 見かねたエリナがついに笑顔を消して怒鳴ったが、それがますます気に触ったらしい。


「――うるせえ、受付嬢風情が出しゃばんじゃねえ!!」


 血管をブチ切れさせ、ザックは手近にあった灰皿を引っ掴むやいきなりぶん投げた。狙ったのか、狙っていないものの手が滑ったのか、ガラス製の凶器は一直線にエリナの頭めがけてすっ飛んでいく。誰かが悲鳴を上げる暇もなかった。


 ぎゅっと目をつぶって顔を隠したエリナの目前で、灰皿は粉々に砕け散った。悲鳴が上がったが、エリナに大きな怪我はない。


「おい」


 灰皿が爆散した位置に向かって手のひらをかざしていたリーフの喉から、低い声が迸った。ザックがギョッと振り向く。


「お前、今なにした……!?」


「こっちの台詞だよ」


 見開いたエメラルド色の目が、チカ、チカと一瞬赤く明滅する。幼く、人畜無害そうな少年がただ激怒した様相にしては、考えられないほどの迫力があった。


「頭に当たったらどうするんだ。救えないよ、お前」


 見下していたスラムの、しかも小さな子どもにここまで言われて、ザックの苛立ちも頂点に達したらしかった。


「もう許さねえ……決闘だ、クソガキィ!! まさか逃げるとは言わねえよなぁ!?」

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