決闘-2

「両者、準備はよろしいですか?」


 受付業務を代理に託し、自ら今回の決闘の立ち会い人――即ち審判レフェリーに立候補したエリナが、険しい顔つきでザックを睨んだ。


「オレァいつでも」


「大丈夫です」


 5メートルほどの距離をあけ、両者がうなずく。エリナは美しい肌に一筋の汗を垂らして、慎重しんちょうに右手を天へ伸ばした。オトには、エリナの横顔が、何としてでもリーフが大怪我をする前にこの決闘を終わらせてみせる、という覚悟のこもった顔に見えた。


 冒険者同士の決闘のルールは、いたってシンプルだ。武器あり、魔法ありの一本勝負。決定打が入った時点で即座に審判が勝負ありと判定する。


 その「決定打」が致命傷となる場合もあるため、《治癒師ギルド》から必ず一人以上のヒーラーが立ち会うルールになっている。


 今回は、たまたまあの騒ぎに居合わせたヒーラーの少女が立ち会いを引き受けてくれたため、今も戦場の枠線の外で待機してくれている。


 当然、相手を殺すことは禁止で反則負けとなるが、ヒーラーの処置が間に合わず「不幸にも」決闘中に冒険者が死亡した前例はいくつかある。また、一命を取り留めたとしても重い後遺症が残ってしまった例なら、もっとたくさん。


 そういうのは全部、互いに真剣勝負であるがゆえの「不慮ふりょの事故」として処理される。


 ザックの目つきと、全身をわきわきさせて今にも踊りだしそうな様子を見るに、どうやら「不慮の事故」を起こす気満々のようだった。



「それでは、両者構えて――」


 斧を握るザックの両腕に、ぐっと力がこもる。


「――はじめ!!」



 エリナの右手が振り下ろされると同時、リーフの足元の地面がボコッと隆起りゅうきした。



「っ!?」


「【土魔法】No.7――【砂縛バインド】!」


 目を見開いたリーフが身動きする間もなく、地面は柔らかくうねりながら無数のなわへと形を変えるや、蛇の如く一斉にリーフに飛びかかり、瞬く間に小柄な体に絡みついて、固く拘束した。


 おおっ、と観衆が声を上げた。見るからに迫力のある斧を見せつけておいて、意識の外から魔法で先手を取るクレバーな戦術。さすがに戦闘慣れしている。


 リーフは為す術もないのか、じっと自分の体に巻き付いた砂の縄を観察している。


「まずい!」


 【砂縛バインド】は優秀な土魔法だ。特に今回は、フィールドにもともとある砂を操って発動しているから、魔力消費を威力の強化だけに費やせる。ザックほどの実力者が放った【砂縛バインド】なら、トロールが全力で暴れたって千切れないだろう。


「イヒヒヒヒヒ! 動けねぇだろ! じゃあまとあて大会といくか。【土魔法】No.1――【石礫ストーンエッジ】ィッ!!」


 黄土色おうどいろに光るオーラをまとったザックの周囲に、音を立てて、無数の岩のカケラが生成されていく。一つ一つが刃のように尖ったそれらは、ザックの合図で一斉にリーフめがけて襲いかかった。


 硬い岩粒が、横殴りの雨のようにリーフの体に打ちつける。微動だにできないリーフの腕、足、顔に石つぶてが炸裂するたび、沸き起こる歓声。誰かが高らかに指笛を吹いた。


「いいぞー!」「もっとやれー!」「スカッとするわ!」――好き勝手わめく観衆を睨み、オトは客席の柵から身を乗り出した。


「あの野郎、決闘を終わらせないつもりかよ……!」


 あの程度の攻撃では、いくら与えても決定打とは言えない。リーフが痛みのあまり昏倒こんとうする寸前まで続けるつもりだ。そうして最後は、あの斧で体のどこかをぶった斬る。どんなに腕のいいヒーラーでも、欠損した手足をくっつけることなんてできない。後遺症は確定。リーフの冒険者としての人生は、今日で終わる。


「降参しろ、リーフ! オレたちのことはいいから!!」 


 聞こえていないのか、既に気を失ってしまったのか、リーフは砂で汚れた黒髪で目を隠すようにうつむいたまま。たまらず柵を乗り越えて乱入しようとしたオトを止めたのは、リーフの小さな呟きだった。


「……なるほど」


 戦いが始まって初めて声を発したリーフに、ザックも観衆も眉をひそめる。


「そうか。同じ属性の魔法でも、用途に応じて命令体系をアレンジして、頭の中にナンバリングして保存してるんだ。頭いいなぁ、人間。そういえばオト君もそうやってたなぁ」


「何をブツブツ言ってやがる!」


 ザックの周囲に、再び無数の石つぶてが顕現けんげんする。


「僕も魔法の解釈を広げてみよう。もっと自由に、性質だけを核に残して……」


「頭がおかしくなっちまったかぁ!? やっぱゴミ箱育ちは脳みそまで腐ってんだなぁ!! 【石礫ストーンエッジ】ィッ!!!」


 先程の倍近い規模の【石礫ストーンエッジ】が、ザックの合図で一斉に発射された。――速い。さっきのような、いたぶる威力ではない。唸りを上げる岩石の凶器たち。あんなものを受けたら、全身が蜂の巣になってしまう。


「リーフ!!」


 オトの叫びが虚しく反響した。その瞬間を待ちかね、こらえきれず狂喜する観衆たち。次の瞬間、すべての音が消えた。



「【破壊魔法】No.2――【破界デストリア】」



 ドス赤い閃光が、無数の石つぶても、砂で練り上げられた縄も、一瞬にして飲み込んでちりに帰した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る