けじめ-2



「リーフのやつ、そろそろくたばる頃合いですかね?」


 魔界の街のとある酒場。手下のゴブリンが笑いをこらえながら言うのに対して、ゴッソは毛むくじゃらの手で発泡酒エールを一気に飲み干し、ブヒィッと歓声を上げた。


「アイツは疑うってことを知らねえからな。『お、お腹すいた〜。ゴッソさんたち遅いなぁ』とか言いながら、今でも健気にオレたちを待ってんじゃねえの!?」


「ギャハハハハ! 兄貴、似てるー!」


 裏声でリーフの声真似をしたゴッソに、手下二匹が下品にテーブルを叩く。三人がリーフを罠にかけ、Sランクダンジョン《錆山さびやまの迷宮》に閉じ込めてから一週間が経過していた。


「でも、あんなやつでもいなくなると思うと寂しいもんですねぇ」


「いつでも好きなときに殴れるなんて、便利なやつだったからなぁ」


 ゴブリン二匹は少しだけ残念そうに嘆いた。力の弱い彼らにとって、一方的にいじめられる相手は街でリーフ一人だけだったから、ゴッソに今回の計画を持ちかけられたときも、正直乗り気ではなかった。ゴッソに逆らえるはずもないので大人しく言うことを聞いたのだったが。


「あいつ、どんどん痛みに慣れてやがったから、リアクション薄くなってきて最近つまんなかっただろ。かといって『同族殺し』はやべぇ。魔王様にぶっ殺されちまう。だからあそこに捨てたんだろうが」


 ゴッソは不機嫌げにゴブリンたちを睨んだ。


 ゴッソたちにとって、リーフのような心優しく誠実な男は、見ているだけで歯が浮いて胃が腐りそうになるほど気持ちの悪い存在だった。痛めつけることでその不快感を発散させていたが、最初は情けなく痛がって嫌がっていたリーフも、だんだん痛みに慣れて無抵抗になり、ついにはどんなに殴っても逆にストレスが溜まるようになってしまった。


 そこで、ゴッソは今回の計画を思いついた。「同族殺し」は駄目でも、事故の結果「餓死」してしまうなら問題はないはずだ。リーフを近場で最大級のダンジョンに連れていき、彼が入ったところで入り口を崩す。健気なリーフは、「助けを呼んでくる」と言えば一週間でも一年でもそこで待つに違いなかった。


 来るはずのない助けを待ち続け、腹を空かせて泣きながら衰弱して死んでいくリーフを想像すると、ゴッソはヨダレが出るほど興奮した。もう死んだだろうか。まだ生きているだろうか。あぁ、ちょっとだけ様子を見に行ってみようか。「来てくれた」と安心して笑うリーフの顔を、槍で潰してやればどんなに爽快だろうか。


「ウヘ、ウヘ、グヘヘヘへ……!」


 太い舌で口のまわりをなめたゴッソを、手下のゴブリンたちが大声で呼んだ。


「あ、兄貴! リーフの野郎です!」


「あぁ? なにいってんだ」


「本当ですって! あそこ!」


 ゴブリンたちが泡食って指差したのは、酒場の入り口だった。酒に酔った目をこすってそちらを見る。


 確かにそこには、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる、リーフの姿があった。


「な……!?」


 いくらか痩せて、服も皮膚も砂に汚れた姿ではあったが、確かにリーフだ。深い黒髪。灰色の肌。エメラルド色の瞳。


 いや、あれは本当にリーフなのか。ゴッソの知る彼とは、どこか雰囲気が変わっていた。

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