レベルアップ-3

「……あれ? 僕は、何を……」


 瞳の赤い光が消えて、正気を取り戻したリーフは、はっと周りを見渡した。半壊したダンジョン最深部、管理者の間。ここがどこだかも分からないくらい、記憶の一部分がまるまる飛んでいた。


 ――そうだ。僕は確か、錆竜に殺されそうになって……。


 記憶の一片が戻りかけたそのとき、目の前で、首を失った竜人の体がドシャリと崩れ落ちた。


「ええええええええ!? なに、誰!? 首があああああああ!?」


 首なしの死体は空気に溶けるように高速で風化していき、微細な黒い灰となって上空に舞い上がって消えた。途端にダンジョン全域が大きく揺れ始める。――ダンジョンが、攻略されたのか。


「リーフ……!」


「アルテさん!?」


 呼ばれて背後を振り返ったリーフは目を見張った。赤毛を振り乱し、苦しそうな表情を浮かべているアルテの皮膚が、全身の装備ごと7割ほどもさびに侵されて赤茶色に変色している。


「動かないでください、すぐ治します!」


 駆け寄り、リーフが手をかざすと、紫色の光に照らされて、アルテをむしばむ錆がたちどころに分解されていく。破壊と創造によって再構築されていく自身の体を、アルテは奇跡を目の当たりにするような顔で見つめていた。


「……すごいな。体の内側まで錆びついてて、もうだめだと思ったのに。完璧に治っちまった」


「え? それが【回復魔法】でしょう?」


「そんな【回復魔法】があってたまるか。つーかお前、さっき自分で【回復魔法】じゃないって……」


「?」


 アルテの言っていることが、リーフにはよく分からなかった。


「あっ!!」


 不意にリーフは、記憶の一部を取り戻した。一目散に"彼"のもとまで走っていく。


「……ギギ」


 腰から下までとなってしまったギギが、冷たい床に横たわっているのを見つけて、リーフは耐えきれず膝をついた。


「ごめん、ギギ……僕のせいで……」


 せめて、形だけでも元に戻してやろう。そう思って腰に触れた瞬間、ギギの足がビクリと動いた。


「えっ!?」


 ジタバタジタバタ、両足を元気に動かすギギの成れの果てに、言葉を失った。――生きている。リーフは無我夢中でギギの体に飛びかかった。


 生きてさえいれば、【回復魔法】で救える!


「ギギ! 頑張れ!」


 温かく、優しい紫色の光に照らされて、ギギの失われた上半身が重音とともに組み上げられていく。


 十数秒ですっかり元の姿に戻ったギギの頭部に、電源が入ったみたいに、再び金色に光るまん丸の目が灯った。


「ギギ! ギギいいいい!!」


 飛びついたリーフを抱きしめ、ギギは巨体を揺らしてその場をぐるぐる回った。アルテもぱあっと表情を明るくして駆け寄ってくる。


「助けてくれてありがとう! 痛い思いをさせてごめんよ……。どうして、生きていられたの?」


「ゴーレム種の魔物は、コアを中心に魔力回路を張り巡らせて無機物の体を動かしてる。ギギが生きてたってことは、ギギの核は上半身にはなかったってことだろうな。珍しいタイプだ」


『ギィ! ギィギギィ!』


 アルテの推測に激しくギギがうなずく。どうやらそういうことらしい。


「へえ! ギギのコアはどこにあるの?」


『ギ!? ギギィ、ギィ……!』


 リーフの質問には、ギギは体を丸めてもじもじと恥ずかしがった。リーフは紳士なので、聞かないであげようと思った。


「ともかく、ギギが生きていてくれてよかった」


「そうだな。ダンジョンも攻略したし――」


 アルテが言い終わる前に、リーフ、アルテ、ギギの三人の体が淡い虹色に輝き始めた。


「わっ!? なに!?」


「始まったな。ダンジョンが攻略されたから、迷宮が崩壊するんだよ。私たちはダンジョンの外に転送される」


 その言葉通り、眩い光が拡散して何も見えなくなったと思ったら、一瞬ひとまたたき後には、リーフたちは深い森の中に立っていた。どうやらダンジョンがあった山のふもとまで飛ばされたらしい。


「やっっっと外の空気が吸える〜! つっても、やっぱ魔界の空気はうまくないな」


「人界の空気は美味しいんですか?」


「おう。来るか?」


 信じられないほど気楽に言われて、リーフは言葉に詰まった。


「えっ……と」


 行きたい、と思った。


 ダンジョンを攻略したら、またリーフは元の日常に戻るのだと思っていた。無能と蔑まれ、役立たずと罵られ、キモイ、弱い、死ねと言われて痛めつけられる毎日に。


 アルテと、もう少しだけ一緒にいられる時間が伸びるなら、どこへだってついていきたいと思った。でも。


「行け……ないですよ。僕は魔族だから」


「じゃ、人間のふりをしよう」


「へ?」


 アルテは大真面目な顔で、いとも簡単に言ってのけた。。

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