レベルアップ-2

「貴様……よくもギギをォ!」


 憤怒の形相で赤毛を逆立て、アルテは竜人となった錆竜に斬りかかった。目にも留まらぬ速度で接近したアルテの神速の剣を、竜人は容易たやすくかわした。


「ノロいなぁ」


「ぐっ!!?」


 アルテの鳩尾みぞおちに竜人の蹴りが食い込んだ。血を吐いて吹き飛んだアルテの鎧の腹部が、パキパキ音を立てて錆びついていく。


「怒りで直線的になるとは、若いな女。先にお前から死ねェ!!」


 竜人のかざした手から、かつての全力を優に上回る規模の《錆竜の咆哮ラストブレス》が解き放たれた。鉄の床も、空気さえ錆びつかせる爆風の塊がアルテに襲いかかる。


 この世の全てを斬り裂くスキル【万物切断】を発動しかけて、突然腹部に走った激痛にアルテは「うっ!」と体を硬直させた。先ほど腹に受けた錆が鎧を貫通して、皮膚を腐らせはじめたのだ。


 その僅かな隙が致命的だった。もう、視界いっぱいを覆い尽くした錆風の波濤はとうがアルテの鼻先を錆びつかせようとしていた。


 ――死んだ。そう思った。


 アルテの前に立ちはだかった少年が、片手の一振りで錆風をかき消す、その寸前まで。


「……え」


『な……ッ!?』


 パァンッ!! と風船が破裂するような音を立てて、渾身の錆風が跡形もなく消滅した。錆竜は目をひんいた。アルテを守るように立っているのは、例の、弱そうな魔人の少年。


「アルテさん。僕が間違っていたみたいです」


 錆竜も、アルテさえ、その低い声と圧力に背筋を凍らせた。かつては丸く、優しいエメラルド色をしていたリーフの瞳が――血のような深紅に染まっている。



「この世には、早いうちに殺したほうがいい生き物もいるんですね」



 空気がなまりに変わったような重圧感が、錆竜の肩にのしかかった。


『き、貴様、どうやって我の錆風を受け止めた!? 貴様の魔法は【回復魔法】と、もう一つはなんだ!?』


 すべての魔族は、必ず二種の魔法の適性を持って生まれる。錆竜の問いに、リーフは短く答えた。


「【回復魔法】じゃない」


『なにぃ……!?』


「【回復魔法】じゃ、なかったんだ」


『ワケの分からんことを抜かすなぁ!!』


 錆竜は再び手のひらから極大の錆風を放った。すべてをえぐりながら爆進する錆風に、リーフは――"赤く"光る左手を向けた。



「【破壊魔法】」



 リーフの手に宿る赤い光に触れた瞬間、またしても錆風は爆音とともに消滅した。駆け抜けた衝撃波にあおられ、錆竜は尻餅をついた。リーフは瞳を真っ赤に染めたまま、ゆっくり錆竜に向かって歩いていく。


 左手に赤い光を灯して、リーフは言った。


「僕の魔法は、最初から"二つ"あったみたいだ。一つはこの【破壊魔法】。触れたものを、なんでも破壊できる魔法」


 リーフは、今度は右手に"青い光"を灯した。彼の手の上で、音を立てて空間が練り上げられ、小石サイズの何かが生成されていく。


 小さな、ロックゴーレムの人形だった。錆竜が殺したゴーレムに、とてもよく似ていた。


「二つ目は、【創造魔法】。思い描いたとおりのモノを、無から生み出す魔法」


『ふ、ふざけるな……貴様はさっき【回復魔法】で女を治していたではないか! 魔法を三つも持っているなんて、ありえない! 卑怯だぞ!!』


 違うよ、と、リーフは自分の胸の前で右手と左手を合わせた。赤い光と青い光が同化し――美しい紫色の光へと変貌する。


「僕は、この二つの力を今までずっと、無意識に"同時"に使っていたらしい。傷ついた細胞を破壊し、新しい細胞を創造する――全く同時に行うことで、なんでも一瞬で治せる、僕だけの【回復魔法】になる」


 錆竜は震えた。言うはやすしだ。いったいどんな脳の構造をしていれば、細胞や神経単位で力をコントロールできるというのか。少しでも力加減をミスれば、逆に傷口を破壊してしまったり、神経が繋がらず、くっつけた腕や足がただの飾りになってしまう。


 何より、それだけ強大な力を持っていながら、今まで全くその正体に気づかなかったというのが恐ろしい。


 魔法は本来、右手の動かし方と同じくらい自然にわかるものだ。自分の中にある【破壊魔法】の存在に、これまで彼が気づかなかったなら、それはつまり。


 リーフは、今まで一度たりとも、ほんのわずかさえ、誰かを攻撃したい、壊したいと思ったことがなかったということ。


 ただ、傷ついた者を癒やしたい。その思いだけでこれまで生きてきたことになる。そんな魔族があり得るのか。


 リーフが、錆竜の前までたどり着いた。奥歯をガチガチ言わせながら震える錆竜の頭を、リーフの右手が鷲掴みにした。


 裏を返せば。この少年は、今、生まれてはじめて、「壊したい」と思っているということ。


 とんでもない怪物を、目覚めさせてしまった。


『や、やめて! やめてくれ! 死にたくない! ゴーレムのことなら謝る! 魔素は余ってるから、今からすぐ新しいゴーレムをつくって差し出そう! そ、そうだ! 我しか知らないとっておけの――』


 ニタァ、とリーフが笑った。あまりの恐怖に錆竜は言葉を切り、そのまま失神しかけた。これまでの彼からは想像もつかないほど、邪悪で残虐な笑みだった。


 思い出した。魔人とは、特別に魔王の血を濃く受け継いだ魔族であることを。その性質は、いかなる魔族よりも凶悪・残忍。


「ガタガタうるせぇ、もう死ねよ」


 犬歯を剥き出しにして口角を吊り上げたリーフの右手が赤く輝き、泣き叫ぶ錆竜の頭は、粉々に砕け散った。




『レベルが15になりました』



 頭の中で、知らない誰かの声が聞こえたところで、リーフは意識を失った。

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