レベルアップ-1

 バラバラに切り離された錆竜の体は、地響きを上げて積木くずしのように沈んだ。


「ふぅ、なかなか手強い相手だった」


 着地したアルテの元へ、リーフとギギが一目散に駆けつけた。


「アルテさん!! 大丈夫ですか、どこも怪我してないですか!?」


『ギィギィ!?』


「おー、バッチリだ。ちょっと服の端にかすっただけだから」


「今治しますね!」


 白いマントに手をかざし、リーフが【回復魔法】をかけると、紫色の光りに包まれ、千切れたマントの繊維がみるみる再生していく。


「……【回復魔法】って、モノも治せるんだっけ?」


「え? できますよね、普通?」


「いや、どうだっけ……たぶんできる、うん」


 アルテは面倒くさくなって、そういうことにしておいた。


『バ……バカなバカなバカなバカなァ……! 我が、ニンゲンごときにぃ!!』


 喚き散らす金切り声にびっくりして、リーフはとびのいた。見れば、胴体から切断された錆竜の首が、憤怒の形相で目を血走らせ、怒り猛っている。


 すごい生命力だ。あんなになってまだ生きているなんて。


『貴様だ……貴様さえいなければ、我が勝っていた……女の陰に隠れてコソコソしおって……許せん……許せんんんんんん!』


「まだ生きてたのか。ちょっとトドメさしてくる」


 アルテが首に歩み寄っていく間にも、どんどん危うい目つきになっていく錆竜は、ヤケになったように半笑いになりながら叫んだ。


『もう、いい……どうせ死ぬなら、魔王の誓約など知ったことか……! 最後に、最後に最後にサイゴニィ、キサマダケデモォォォォォッ!!!』


「え?」


 アルテですら反応できない不意打ちだった。


 首だけとなった錆竜の口から、先ほどの規模とまではいかないまでも、凄まじい威力の【錆竜の咆哮ラストブレス】が放たれたのだ。横殴りの竜巻のような赤黒い息吹は、身構えたアルテの真横を駆け抜け、鋼鉄の床を抉り腐食させていきながら、一直線に――呆然と立ち尽くすリーフのもとへ。


「リーフ!」


 血相変えてアルテが床を蹴るも、間に合わない。リーフはとっさに、全身に【回復魔法】の光を張り巡らせたが、本能が「死ぬ」と告げていた。一瞬で骨まで溶かすあのブレスを受ければ即死だ。死だけは、【回復魔法】でも治せない。


 身構えて目を閉じかけたそのとき、大きな体が両手を広げてリーフの前に立ち塞がった。


『ギギィ!!』


 ギギ、だった。リーフの瞳孔どうこうがキュッと小さくなった。


 やめろ、と叫ぶより早く、赤銅色の爆風がギギの上半身を消し飛ばした。


 錆風の塊は、ギギにぶつかったことでわずかに軌道を上に反らした。腰から上を失ってもなお、ギギがその両足で最期まで踏ん張ったから。リーフの頭上をかすめて飛んでいった錆竜のブレスは、背後の壁を貫通して崩落させ、ようやく消え失せた。


「ぁ……ぁぁ……」


 目を病的に見開き、震える手を伸ばしたリーフの目の前で、ギギだった岩石人形の下半身が、役目を終えたように倒れた。その瞬間、リーフの中で、ぷつんと初めて何かが切れた。





 リーフを仕留め損ねた錆竜もまた、悔しさのあまり絶叫していた。――すべての力を振り絞って放った一撃だったというのに、あんなデクの坊に邪魔をされた! このまま、こんなところで終わりだというのか……!


 そのとき、竜の頭に、直接語りかけるような声が響いた。



『レベルが2になりました』



 男とも女とも分からないその声を聞いた瞬間、溢れんばかりの力が天から竜に降り注いだ。凄まじいエネルギーにあてられる、その溺れるような快感に、錆竜は恍惚こうこつの表情を浮かべた。


 竜は全てを理解した。そうか、これだったのか。魔王が「同族殺し」を決して許さなかった理由は。


 魔族を殺せば強くなれる――こんな摂理が知られれば、同族たちの間で戦争が起きるだろう。そしていつか、誰かが魔王をも上回る力を手に入れてしまう。魔王ヤツは、それを恐れたのだ。


『クハ、クハハ……ハハハハハハハハハッ!!』


 錆竜の肉体が闇色に光り輝き、新たなる形に進化しようとしている。やがて光が晴れると、錆竜は、黒い肌と長い手足を持つ、人型の竜――竜人に生まれ変わっていた。


『魔物をたった一匹殺しただけでこのパワーアップだ……クク、笑いが止まらんなぁ。次は貴様を殺そう、魔人。その次に女を殺して、このダンジョンにいる魔物も皆殺しだ。そうすれば、我は……四天王さえ凌ぐ力を手に入れるだろう! 我だ! 我だけがこの仕組みに気づいてしまった!! もはや魔王さえ、遅るるに足りん! 我こそが真の魔王だ!!』

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