ダンジョン-2

 ゴーレムを治してあげながら、リーフは軽い目まいを覚えた。


 あんなやり方、リーフでは逆さに振っても出てこない発想だった。というか、できない。リーフは今まで、どんな理不尽にもただじっと耐えてきた。それしか自分にはできなかったし、それが一番、誰も傷つけないやり方だと思っていた。


 なんだろう、この気持ちは。暴力的なのに、嫌な感じがしない。


 リーフの治療で元気になったゴーレムが立ち上がると、アルテは笑顔で彼の肩をポンポン叩いた。


「腹殴って悪かったな。管理者のところに案内してくれれば、あとは自由に生きろ」


『ギギィ!』


「少しの間よろしく頼むぞ。お前の名前はギギだ」


 ――な、なんか主従関係芽生えてる……。


 魔族の中でも、魔物モンスターは知能が低く、本能に忠実な生物だ。そういう意味では人より動物に近い。アルテとの勝負で、ギギはどちらが上かハッキリ感じ取ったらしい。


『ギギー!』


「わっ!?」


 ギギが歩いてきて大きな手を伸ばしてきたので、リーフは反射的に身構えた。攻撃されるのかと思いきや、ギギはそのゴツゴツした手でリーフの小さな頭を慎重になでてきた。困惑するリーフにアルテが笑う。


「痛いのを治してくれて嬉しかったみたいだな」


「……そうなの?」


『ギギィ!』とギギがうなずく。これまで下級の魔物にすらバカにされてきたリーフは、慣れない感情に戸惑った。


「よーし、じゃあ行くぞ! ギギ、案内しろ!」


『ギー!』


 ギギを先頭に、魔物・人間・魔人の奇妙なパーティーはダンジョンの奥地へと歩き出した。



▼▼▼



「ここか」


 たった一時間ほどの行軍で、一行は巨大な鉄門の前までたどり着いた。


 このダンジョンは通路が無数に枝分かれし、立体的に絡み合う構造をしており、闇雲に歩き回れば途方もない時間がかかると思われたが、ギギの迷いない案内のおかげでひたすら最短ルートを歩くことができた。ギギはそのたくましい両肩に、リーフとアルテを乗せて歩いてくれた。短時間で三人はすっかり仲良くなった。


 何体か魔物に出くわしたが、そのつどアルテが圧倒的な力を見せつけて戦意を喪失させたのち、ギギが何やら説得するとみんな道を開けてくれた。


「管理者の間の門がまだ閉まっているということは……アルテさんのパーティーを追い越してしまったということでしょうか」


「いや、アイツらの中に【脱出魔法】を持ってるやつがいる。こういう特殊な空間から外へ抜け出される転移の魔法だ。私抜きで攻略に挑むのは難しいだろうし、もう脱出しちまってるだろう」


 ということは、アルテが仲間と再会できるのはもう少し先になる。リーフはアルテを気の毒に思いながら、どこかちょっぴり喜んでいる自分がいた。


「ありがとな、ギギ。ちょっくらお前のマスターボコってくる。ここでお別れだ」


 アルテに肩を撫でられ、『ギィ……』と、何やらギギがまん丸に光る目を揺らして悲しげに鳴く。


「なんだ? やっぱりマスターが心配か」


 ギィギィ、とギギは首を横に振った。どうやらギギは、アルテとリーフから離れるのが寂しいようだった。


「……一緒に来たいのか?」


『ギィ!』


「マスターを裏切ったんだ。殺されるぞ」


『ギィギィ!』


 構わないとばかりに強くうなずくギギに、アルテとリーフは顔を見合わせた。


「困ったやつだな。分かったよ。お前は必ず私が守る」


「もし怪我をしても、僕が治してあげる!」


 二人に言われて、ギギは嬉しそうに小躍りした。リーフは改めて、洞窟の壁面に埋め込まれた巨大な門を見上げた。


「そういえば、マスターを倒してダンジョンを攻略すると、何かいいことがあるんですか?」


 こんなに危険な場所に冒険者が好き好んで来るからには、相応のメリットがあると思ったのだ。


「大きなものは、金と名声と《レベルアップ》だな」


「レベルアップ?」


「ダンジョンは、マスターが倒されるとただの土地に戻り、施されていたあらゆる仕掛けとマスターの命は大量の魔素へとかえる。この莫大なエネルギー……私たちは経験値って呼んでるが、これが全部ダンジョン攻略者に流れ込んで肉体を強化するんだ。それがレベルアップだよ」


「なるほど……体が強くなるんですね」


 ゴーレムの群れを撫で斬りにしたアルテも、なんの目的もなく殺生をしていたわけではなかったのだ。それが分かって、リーフは少しホッとした。


「筋力や体力だけじゃなくて、魔力回路も太く強くなるし、特別な能力が開花することだってある。普通に魔族を倒しても少しずつ経験値はもらえるんだが、ダンジョンで得られる量は別格だ」


 リーフは、人族と魔族の長い戦いが終わらない理由の一端に触れた気がした。


 魔族は全て、魔王が自らの血を媒介にして生み出した生命体。言わばエネルギーの塊だ。魔王は無尽蔵の魔力で次々と魔族を生み出すことができるが、人間を殺すために送り込まれた魔族たちが、こうして人間の養分にもなっていたわけである。


 かといって魔族の生成をやめれば、アルテのような高レベルの冒険者が一気に魔王城まで攻めてくるだろう。魔王はもう、愚策と分かっていても魔族を生み出し続けるしかない。


「よし、じゃあ開けるぞ。Sランクのダンジョンマスターだ、たぶんめちゃくちゃ強いだろう。ソロじゃ勝てないと思う」


「ええっ!? アルテさんでも!?」


 心の準備ができておらず、リーフはどきどきする胸をおさえた。ギギも少し怖がっている様子である。


「けど、お前らがいれば大丈夫だ」


 ぽん、と頭に手を置かれて、胸が高鳴った。


「私が前に出る。お前らは基本離れてろ。私が動けなくなるほどの手傷を追った場合だけ、二人に動いてもらう。リーフが私を回復、その時間をギギが稼いでくれ」


「わ、わかりました!」


『ギギィ!』


「よーし。行くぞ!!」


 アルテは満足気に笑って、力いっぱい門を押し込んだ。

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