ダンジョン-1

 ダンジョンから出るためには、ダンジョンの奥地に潜んでいる迷宮管理者ダンジョンマスターを倒し、ダンジョンを"攻略"するしかない。


 マスターを探すために歩き始めた二人だったが「お前の力が必要だ」という彼女の言葉を、リーフはさっそく疑い始めていた。


「おらぁっ!」


 アルテの剣の一振りで、モンスターの群れが悲鳴とともに蹴散らされていく。堅い外殻がいかくを持つはずの岩男ロックゴーレムを豆腐のように切り崩すアルテの剣技を、リーフはドン引きしながら数歩離れた位置で見守ったた。


「僕の力必要ないじゃないですかぁ!?」


「まぁこれくらいの相手ならな。座っててもいいぞ」


 十体ものロックゴーレムの群れを一分足らずで瓦礫の山に変えると、アルテは一仕事終えたように爽やかな顔で剣を納めた。


「ん? おい、何してる」


 瓦礫の山に手をかざして【回復魔法】を発動させたリーフを、振り返ったアルテが眉を吊り上げてとがめた。


「……あぁ、やっぱりだめだ。もうみんな死んじゃってる」


 両断された体をくっつけることはできたが、ロックゴーレムたちの亡骸なきがらが再び動き出すことはなかった。――ごめんよ。リーフは両手を合わせて彼らの冥福を祈った。


「なんで治すんだよ、せっかく殺したのに」


「殺す必要はないじゃないですか。アルテさんほどの実力があればなんの脅威でもないはずだ。むしろ、道を聞けばよかったんです」


 やばい、と思った。嫌われる。今まで少しでも誰かに口答えしようものなら、馬鹿にされて、気味悪がられて、ボコボコにされて大通りの柱に吊るされたものだ。


「おいおい……そいつらこのダンジョンのモンスターだぞ。素直に教えてくれるわけないだろ。てか、そいつ喋れたのかよ」


 止めようと思っても、言葉が止まらなかった。


「彼が喋れる魔物だったかどうかさえ、もう僕たちには分かりません」


 アルテは形の良い目を見開いた。自分の剣に目を落とし、それから自分が切り崩したゴーレムの成れの果てを見やると、そっと歩いてくる。ビクッと身を硬くしたリーフの隣まで来ると、アルテはそっとしゃがみこんだ。


「お前の言うとおりだ」


「……え?」


 アルテは、リーフと同じように、ゴーレムに向かって手を合わせながら言った。


「あのときお前の首をハネてたら、お前がどんなやつか知れないままだった」


 アルテは歯を見せてやんちゃに笑った。自分の言葉を否定せずに最後まで聞いて、受け止めてもらえることが、こんなに心を満たすなんて知らなかった。


「次から、なるべく殺さないように気をつけるよ」


「で……でも、それでアルテさんが怪我したらだめですからね!」


「難しいことを言うやつだな。そんときは、お前が治してくれるんだろ?」


「は……はい!」


 リーフの返事に満足気に笑って、アルテはまた前進を始めた。



 ほどなくして、薄暗い通路を歩いていると再びロックゴーレムに遭遇した。二メートル近い岩石の巨人に、アルテは剣を納めたままにこやかに手を挙げた。


「よぉ、ちょっと聞きたいだけどさ」


『ギギギィッ!!』


 アルテの接近を感知して戦闘態勢に入ったゴーレムは、光る目を赤く血走らせて華奢な剣士に飛びかかる。


「アルテさん、危ない!」


「あー、やっぱ喋れはしないのか」


 アルテは剣を抜くこともなく、呑気のんきに呟きながら片手を伸ばして――1トンに迫るであろう威力の拳を、苦もなく素手で受け止めた。


『ギィッ!?』


「おらぁっ!」


 空いた右手で拳を握ったアルテの、壮絶な腹パンがゴーレムに食い込んだ。――す、素手でいったあああああ!


 腹回りの外殻が粉々に砕け散るほどの威力に、ゴーレムは膝をついて震え出した。岩の体でも痛覚はあるらしい。


「なぁ、キミのマスターはどこにいるのかな?」


『ギ、ギィギィギィ!?』


 細腕ほそうでに締め上げられ、首を全力でブンブン横に振り続けるゴーレムの光る目が、心なしか泣き出しそうなほど垂れているように見える。


「知らないって言ってるみたいですね」


「しらばっくれてやがるな。大した忠誠心だ。だがこっちの言葉は分かるみたいだな」


「もう離してあげましょうよ」


 リーフを無視し、おい、とアルテはゴーレムに呼びかけた。


「私と勝負をしよう」


『ギギ?』


「交互に一発ずつ殴り合って、降参した方が相手に服従する。先攻はお前にやるよ。どうだ?」


 ゴーレムは少し考え込む仕草をした。そして、重機のような右拳を握って『ギギィッ!』とうなずいた。鼻息荒く腕を回すゴーレムに、アルテは微笑む。


「そうこなくちゃな。避けたり受け止めたりしないから思いっきりこい」


 ――ま、まさかこの人、僕に治してもらえると思って調子に乗ってるんじゃ!?


 リーフは慌ててめようとした。頭を吹き飛ばされて即死してしまえば、いくらリーフの【回復魔法】でも治せない。無防備に立つアルテに、ゴーレムが巨大な拳を振り上げた。


「アルテさん!」


 唸りを上げて炸裂した岩の拳が、アルテを虫のように吹き飛ばした。勢いそのまま堅い岩壁にはりつき、崩れ落ちて、そのまま動かなくなる。フーッ、と鼻息を吐いてゴーレムは拳を突き上げた。


「あ、アルテさん!!」


「よっこらせっ」


「ええ!?」


 何事もなかったかのように起き上がったアルテに、リーフとゴーレムが同時に目を剥いて絶句する。


「じゃあ、次は私の番だな」


『ぎ、ギギィ……』


 ズガァンッ、とこの世の終わりのような音を上げて、洞窟に大きな横穴が空いた。それで勝負はついた。


 アルテの拳は、両手を挙げて降参したゴーレムの顔スレスレをかすめて洞窟の壁を破壊していた。ゴーレムの目から戦意が消えて、アルテに畏怖と憧憬しょうけいの入り混じったまなざしを向けている。


 アルテはリーフの方を向き直ると、笑顔で言った。


「リーフ。こいつの腹、治してやってくれ」


 メチャクチャだ、この人。

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