剣聖-3

「それにしても、お前の【回復魔法】はすごいな」


 アルテはすっかり塞がった背中の傷を破れた服の上からさすり、眉間にシワを寄せて言った。


「私のパーティーにも《治癒師ヒーラー》がいたが、銀級シルバーランクの彼女の【回復魔法】でもこんな風には治せなかった」


「そうなんですか?」


「あぁ。出血を止めたり、毒を薄めたりと、あくまで応急処置という感じだったな。私は死を覚悟するほどの重体だったはずだが……この通り全快したどころか、あれほど血を失ったのにピンピンしている。傷だけでなく、失った血や肉まで元通り再生された気分だ」


 それはそんなにすごいことなのだろうか。リーフはいまいちピンと来なかった。


「魔法の色も違ったな。普通、【回復魔法】と言えばグリーンの光だろう」


「そうなんですね」


「……お前、何も知らないんだな。冒険者のパーティーに会ったことがないのか? 大抵ヒーラーがいるだろうが」


「遭遇したことはありますけど、僕相手に冒険者のかたが怪我するわけないじゃないですか。【回復魔法】しか使えないんですよ?」


「胸を張って言うことか」


 アルテは呆れ顔で笑った。


「ところで、アルテさんはどうしてこんなところに?」


「私も一応冒険者だ、当然、このダンジョンを攻略しに来たんだよ。まぁ、ちょっとドジって、危うく死ぬところだったんだが」


 リーフはそこで、アルテの首飾りに気がついた。細く白い首筋にげられた、小さな白金プラチナ色の宝石――白金級プラチナランク


 冒険者の中で、上から二番目の等級だ。一番上の金剛級ダイヤモンドランクは勇者にしか与えられないので、実質最上位の序列である。


「え……待って、アルテさん、本名を教えてください」


「ん? アルテミス・グレイスフィールだが」


 ――本物の《剣聖けんせい》だー! とんでもない人を助けてしまった!!


 《剣聖》とは、勇者を除く人間の中で最強の剣士に与えられる称号だ。歴代の《剣聖》の名は魔界にまでとどろき、魔王さえ警戒する存在である。


 どんな筋骨隆々の巨漢かと思っていたら、まさかこんな可憐な少女だとは。


「なんだ? 私のことを知っているのか。少しは有名なのだな、私も」


 リーフの真っ青な顔を見て、アルテは少しだけ得意な顔になった。


「そんな心配そうな顔をするな。お前を斬ろうなんてこれっぽっちも思っていない。妙な動きをしない限りな」


 リーフはごくりとつばを飲み込んだ。アルテが自分に優しくしてくれる理由が分かった。いざとなればいつでも瞬殺できるからこそ、表向き心を許せるのだ。


「じゃ、じゃあ僕はそろそろこの辺で。シチューごちそうさまでした! それじゃ!」


「まぁ待て待て」


 スタコラ逃げようとしたリーフの襟首えりくびを、アルテが瞬間移動のようなスピードでつかんで止めた。――ひいいいいいいい! 殺される!


「ここを出るまでいいじゃないか。私のパーティーにもお前を紹介したいしな」


「あ、アルテさんのパーティー? それ、僕大丈夫なんですか?」


「まぁめちゃくちゃ殺そうとしてくるだろうな」


 だろうなじゃないよ!


「そう怖がるな。たとえそうなっても私が絶対に守る。だから、このダンジョンから出るまで力を貸してくれ」


 とんでもなく怖いのに、リーフは感じたことのない胸の高鳴りに戸惑った。


「僕の……力……?」


 落ちこぼれ。無能。イラナイ。十年以上もそう言われ続けてきた。自分に力なんてない。役立たずのお荷物だ。


「なんだ、間抜けな顔をして。その【回復魔法】は凄まじい能力だろうが。自覚がないのが不思議でならん。お前は逸材なんだよ、リーフ。この《剣聖》が保証する。ここを出て魔族の世界に戻ったら、もっと誇り高く生きろ」


 まるでリーフのこれまでの人生を見透かし、励ますようなその言葉に、目頭がぎゅっと熱くなった。こんなもったいない言葉を、自分なんかがもらってもいいのだろうか。


「もう一度、私を助けてくれ、リーフ」


 差し出された彼女の手を、数秒見つめて、リーフは遠慮がちに握った。初めて握った自分以外の手は、温かかった。

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