剣聖-1

 リーフは冷たい洞窟の床に、死んだように横たわっていた。


 ――お……お腹、空いた……。


 感覚が狂ってしまって、あれから何日と何時間経ったのか、全く分からない。ただ、今にも衰弱死しかけている自分の体から分析するに、もう一週間近くは経過したのではないかと思った。


 ゴッソさんたち、何かあったのかな。僕のために手を貸してくれる人なんて、やっぱり見つからなかったのかも。


 カラカラに乾いた全身を震わせて、リーフはどうにか起き上がった。水も食糧もとっくに尽きた。いくら頑丈な魔人の体でも、このままでは今日にも体が動かなくなる。せめて水を探さなければ。


 リーフは簡単な火の魔法も使えないため、指先に【回復魔法】の光を灯して明かりにした。淡い紫色の光がぽうっと灯る。一週間も真っ暗な洞窟の中にいたために、それだけで十分すぎるほどよく見えるようになった。


 まるで迷宮のような洞窟だった。


 少し奥へ入ると、もう城の大広間のように天井が高くなって、岩の階段や通路があちこちに入り組み、絡まり合っている。とても自然の産物とは思えない。


 もしかしたら、本当に迷宮――即ち《ダンジョン》なのかもしれない、とリーフは思った。


 ダンジョンとは、上位の魔族が管理者マスターとなって運営する、冒険者を誘い込んで効率的に殺すための迷宮のことだ。魔物モンスターと呼ばれる下位の魔族が放たれており、侵入者をほうむる仕掛けも多数用意されている。


 ダンジョン内で殺した冒険者の数や強さに応じて、魔王から、新たに魔物を増やしたり、魔物や仕掛けを強化するのに必要な《魔素まそ》と呼ばれるエネルギーが与えられる仕組みである。


 この広さと完成度を見るに、かなりランクの高い迷宮に違いなかった。その場合、リーフにとってマズい要素が二つ。


 一つ目。歩き回るだけで仕掛けに引っかかって死ぬ危険があること。


 二つ目。めちゃくちゃ強い冒険者がダンジョン攻略に来ているかもしれないこと。


 仕掛けに関しては、即死さえ避ければ再生できるので普段ならあまり問題ではない。しかし、今の体の状態では、強い【回復魔法】の使用は命に関わる。


 二つ目が特にマズい。冒険者は相手が魔族と分かれば見境なく殺しにかかってくる。リーフ自身、何度か冒険者に襲われたことがあるが、本当に怖かった。まして、こんなところに冒険者がいるとしたら相当の使い手だろう。今の状態で出くわしたらいっかんの終わりだ。


 慎重に行こう、と最初の通路の曲がり角を曲がったところで、


「あ」


「あ」


 長い赤髪の冒険者と、バッチリ出くわした。


 ――死んだ。

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