追放-2

 翌朝、リーフが一人ぼっちで寝泊まりしている街外れのボロ小屋に、珍しく来客があった。


「よぉ、リーフ!」


 昨日の豚男オーク、ゴッソであった。手下の小鬼ゴブリンを二人引き連れて玄関先に仁王立ちするゴッソに、リーフは昨日のことなどすっかり水に流して笑顔であいさつした。


「おはようございます」


 ここで、あれ? と思った。いつもなら顔を合わせてすぐに殴ってくるのに。


「どうされたんですか? こんな朝早くから」


「おぉ、それがよぉ」


 ゴッソは目をそらして珍しく口ごもった。


「今まで悪かったなと思ってよ。昨日は特にやりすぎたぜ。もう二度と殴ったり刺したりしねえから、許してくれ」


 リーフは感激のあまり目を潤ませた。


「そんな! 頭を上げてください!」


「別に頭は下げてねえんだが……」


 ゴッソは困惑した顔で咳払いした。


「暇なら、今から一緒に外回りに行かねえか?」


 リーフは夢を見ているのかと疑った。外回りとは、人間の冒険者が侵入していないか、街の外をパトロールして確かめる仕事のことだ。


 冒険者が数名のパーティーを組んで行動するため、こちらも数名ずつ固まってパトロールするのが一般的だが、リーフはいつも一人ぼっちで勤勉に外回りをしていた。


「ぼ、僕でよろしいんですか?」


「お前がいてくれりゃあ、大怪我しても安心だからな。頼りにしてるぜ」


 ポン、と肩を叩かれて、リーフは今にも泣き出しそうになった。これだ。誰かに必要とされること。リーフの望みは、生まれてからずっと、ただこれだけだったのだ。


「待っていてください! 五秒で支度します!」


 目をそでで拭い、リーフは部屋に引き返すと大急ぎで身支度を始めた。



 ゴッソたち三人に連れられて、リーフは魔界まかいを冒険した。そう、リーフにとって、これは冒険だった。仲間とともに歩く魔族の世界は、同じ景色でも全く違って見えた。


 この広大な大陸は、人族と魔族が真っ二つに分かち、東に人族、西に魔族がそれぞれ複数の国を構えて睨み合っている。大陸の東側を《人界じんかい》、西側を《魔界》と呼び、西端の魔王城に近づくほど、魔王の魔力に影響されて空や植物が禍々まがまがしく変容していく。


 黒雲に覆われた空、紫色のきり、腐った肉の臭いさえ、今のリーフには清々しく感じられた。


「ずいぶん歩きましたね」


 朝からぶっ続けて四時間も歩き、すっかり街から遠ざかった。見知らぬ山に足を踏み入れたあたりで、リーフは勇気を出してゴッソにそう話しかけた。


「そうだな」


 それだけ言って、ゴッソは手下たちとずんずん先を歩く。まるでどこか明確な目的地があるような歩き方が気になった。ずっと三人で話しながら前を歩かれるので、リーフはほとんど会話に混ざれない。


 薄暗い不気味な山の奥深くまで、更に二時間ほど登ったところで、一行は大きな岩の洞窟の前に辿り着いた。


「ふぅ、到着だ」


「あの……パトロールですよね? こんなところに冒険者がいるでしょうか」


「ここらは誰も調べねえからな。こういうところに意外と潜んでるかもしれねえ」


 適当な調子でゴッソがそう言うと、両脇の小鬼ゴブリンも「そうだそうだ!」「さすが兄貴!」とぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる。


「歩きづめでちいっと疲れたな。少し休みてえ。その間に、誰か洞窟の中を調べてくれると助かるんだがなぁ」


「あっ、じゃあ僕が行ってきますよ」


「本当か?」


 ゴッソは大げさに喜んだ。


「やっぱりリーフはイイヤツだな。頼むぜ。俺たちも少し休んだらすぐに行くから」


 どっこいしょと地面に座り込んだゴッソと手下たちに、リーフは胸を叩いて威勢よく洞窟へ入っていった。「イイヤツ」という言葉が頭の中で何度も再生されて、つい口もとが緩む。


 五メートルほど進んでみると、洞窟は奥へ行くにつれてどんどん広くなり、ひんやりとした空気が漂ってきた。明かりは入り口から入る僅かな光のみで、奥の様子はほとんど見えない。


「ゴッソさーん! すっごく広いです、この洞窟! 奥が全く見えませーん!」


「そうか! もう少しだけ行ってみてくれ!」


「はーい! これくらいですかー?」


「そうそう! それじゃ――」


 瞬間、轟音とともに地面が揺れ、洞窟の中が完全な闇に包まれた。


「えっ!?」


 入り口が、消えた。違う、塞がれたのだ。外の光が全く入ってこない。リーフはさっきまでの感覚を頼りに入り口があった場所まで引き返したが、崩れた土石どせきが壁のように積み重なって、行き止まりになっていた。


「ゴッソさん!? 何が起きたんですか!? ゴッソさん!」


 細かい土砂をかきわけながら壁に向かって呼びかける。どうやら分厚い岩盤ごと崩れたようで、土石の壁は押しても引いてもびくともしない。


「リーフ! すまん、天井がいきなり崩れたんだ! 俺たちの力でもどうにもできねえ! 助けを呼んでくるから待っててくれ!」


 土石の向こう側から、かすかにゴッソの声が届いた。


「分かりました!」


 ここまで半日かけて歩いてきた。街まで戻って助けを読んで、またここまで来るには丸一日かかるだろう。リーフはその間を耐え抜く覚悟を決めた。食糧と水は少ししか携帯していないが、どうにか乗り切れるだろう。


「辛抱しろよ!」と叫んで、ゴッソたちの気配が遠ざかっていく。急激に心細さが胸を締めつけたが、ゴッソが帰ってきてくれると疑いなく信じているリーフは、そのまま目を閉じて洞窟の壁にもたれかかった。なるべく体力を温存しなければならない。



 それから、一週間が経過した。ゴッソたちが帰ってくることはなかった。

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