第4話 ジャックポットかわからない

 十八歳のジャックがこの施設に来た頃には既に二人の人間が兵器として戦いに身を投じていた。二人だけの世界を作り上げる彼らと打ち解けるには中々骨が折れたが、それでもある程度仲を深められたのはジャックの人当たりの良さがあったからだろう。

 戦闘を得意とする彼らに比べるとジャックはパワー不足が否めない。だからこそ参謀としての役割を与えられたのは自然なことだろう。

「高級取りな上で死ぬこともないなんて大当たりだな」

 キングに揶揄されたのはいつだっただろうか。確かに戦うことが少ない自分は彼らからすれば安全な位置にいるように見えるのだろう。

 けれど何が大当たりかなんて、そんなの主観的なものだ。少なくともジャックは自分の役割が恵まれたものだとは思えなかった。

 そこまで考えたところで、小さなノックの音がジャックの思考を現実に引き戻す。返事をすればしばらくの沈黙の後扉が控えめに開かれた。

 そこにいたのは相棒であるテンの姿だった。

 彼がノックをするなんて珍しい。普段ならお構いなしに部屋に入ってくるくせに。

 その様子に何か含みを感じて、ジャックは椅子から立ち上がるとベッドの端へと腰掛けた。

「どうしたの?」

 横を叩いて暗にベッドに座るようにけしかければ、素直にテンがそれに応じる。大人しくしていると小柄さが際立つようで、ああ、彼は本当にまだ少年なんだなと思い知らされるようだった。

「……ジョーカーから聞いたんだけどさ、」

 いつのまにか彼と話をするような仲になっていたのか。そのことが微笑ましくもあり、少し胸がスカスカするような気持ちにもさせられる。黙って頷いて続きを促せば、少しの逡巡のあとテンがおずおずと口を開く。

「オレといるの嫌なんだって……?」

 ああ、これはまた何か誤解してるな。

 ジャックの中にはいくつか思い当たる節があったが、そこまで言った覚えはない。テンは思い込みの激しいきらいがあるからきっとそれによるものだろう。

「そんなことないよ。テンといるのは楽しい」

 だからジャックがハッキリとそう口にしてやれば、あからさまに目の前の少年が安堵の息を吐くのがわかった。

「じゃあ、どういうことだよ」

 それが自分でもわかって恥ずかしかったのだろう。強がるようなそぶりを見せるものだからおかしくてジャックは喉の奥で笑いを噛み殺す。

「僕らは少し距離をおいたほうがいいんじゃないかってこと」

 なるべく優しく言い含めるように伝えれば、その様子が気に食わないのかテンの眉間に皺が寄った。

「……おかしくないか。一緒にいるのが楽しいのに一緒にいるのはやめようって」

 楽しいならとことん味わい尽くした方がいいだろう。だってそれがいつ無くなるかなんてわかったものじゃないのだ。

 心のままにそう伝えれば、ジャックはその形良い眉を下げて笑う。

 なんだよ。オレが聞き分けが悪いみたいだろ。

「僕らお互いに頼ることが多いでしょ。それだといつまでも成長しないと思って。テンには一人前になって欲しいんだよ」

 そうしてジャックが告げたのは、耳触りの良い言葉だった。

 頭の悪いテンにもなんとなくジャックの言いたいことは分かる。けれどテンが人間として生きようと思えたのは隣にジャックがいてくれるという安心感があってからこそだった。

 その支えが無くなってしまって、果たして自分はきちんと生きていけるのだろうか。

「君は僕の友人なんだからきっと大丈夫」

 そんな問いを口にするより早く、ジャックがやわらかな声でそっとテンを言いくるめた。

 友人。そうか、友人か。友人であるジャックが言うんだからきっとそうなんだろう。

 まだ幼なげなかんばせにわずかに不安の色を残しながら、テンは頷いた。

 それを見てジャックは満足げに笑う。

「良かった。テンならそう言ってくれると思ってたよ」

 信頼されている、と思えばなんだかそのプレッシャーすら大事に思えて今度こそテンは力強く頷いた。

「話はもう大丈夫?」

「うん。ありがとな」

 紅茶でも淹れようか、なんて気遣うジャックに断りの言葉を入れて、テンは部屋を後にした。

 そうか、オレは一人で生きていくのか。

 そう自覚してしまえば、なんだか知らない場所に一人放り込まれたかのような心もとなさがテンの胸に巣食う。

 ほかの奴らはどうするんだろう。

 ふとそんなことが気にかかって、テンの足は一人でに居間へと向かう。

 そうして向かった先にいたのは組織きっての凸凹コンビだった。

「クイーン」

 大きい方に声をかければ、髪の毛を優しく梳いていた手を止めて彼女がこちらを見やる。続いて膝枕で寝ていたキングが目線だけテンによこした。

「どうしたんです。随分しょんぼりしちゃって」

 彼女が首を傾けた拍子に薔薇色の髪がさらりとゆれる。やわらかそうなそれを指でまいて遊ぶキングはじゃれる猫のようだった。

「別に、してねえけど」

 強がりを口にするテンに「あらそうですか」とだけ返しながらも彼女の若葉色の瞳はこちらを見据えたままだ。暗に話の続きを急かされているのだと気づいてテンは慌てて彼女に向き直る。

「クイーンとかキングは人間に戻ったらどうするんだ?」

 身に宿した機械を取り外し、もう戦うことのない人間になったら果たして自分は生きていけるのだろうか。そんな不安がテンにその問いを口にさせた。

 対する小さい方、キングは亜麻色の瞳を丸く見開いた後、小さく舌打ちをして起き上がる。

「んなこと聞いてどうすんだよ」

 イラつきを露わにするキングとは対照的にクイーンはと言えばにこにこと笑顔を浮かべて自分の願いを口にした。

「私は王様と一緒にいられればそれで満足です」

 それ、エースもアンタに同じようなこと言ってたぞと伝えればクイーンはどんな反応をするだろうか。怖いから決して口には出さないが。

 頬を染めながらきゃあきゃあとはしゃぐクイーンを適当にいなしながら、キングは毒気が抜かれたのかハァと大きなため息を吐く。

「……人になんて聞こうと、決めるのはテメエだからな」

 そしてじろりとテンの方を睨むとまたソファに寝転んで惰眠をむさぼり始めるのだった。

 話が終わったと判断したのだろう。クイーンもまたキングに構い始めたものだから、テンもおとなしく居間から退出する。

 他に行きたいところもなくって大人しく自分の部屋に戻ろうとしたテンが目にしたのは、自分の部屋の前で立ち尽くすジョーカーの姿だった。

 今日はよく人に会う日だ。任務で何日も帰れないこともあった戦時下に比べると随分と時の流れがゆっくりになったな、なんて考えながらテンはジョーカーに声をかける。

「よぉ」

 振り返った彼は驚きの表情を浮かべていた。てっきりもう部屋に帰っていると思っていたのだろう。ジョーカーは部屋の主のいない部屋を前にして声をかけるかどうかずっと迷っていたのだった。

 そのことに思い当たった本人はといえば、しばらくその黒々とした目を丸くしていたかと思うと片手で顔を隠してしまう。大きな手のひらからわずかに覗いた白い肌はうっすらと赤く染まっていた。

 ああ、コイツでも恥ずかしいとか思うんだな。

 そう思えば胸の奥がくすぐられたかのようにこそばゆくって、気づけばテンはその手首をそっと握っていたのだった。

 そのまま勢いよく腕を引けば、今度こそ赤く染まった頬がテンの前に姿を現す。けれどすぐにジョーカーは手を振り払うとふいと顔を背けてしまった。

「どうした?」

 からかうのもこの辺りにしておいてやろう。何も見なかったふりをしてそう訊ねれば、ジョーカーも一つこほんと咳払いした後話を始める。

「いえ、先程の話はどうなったのかと思って……」

 早い話、心配してきてくれたのだろう。そうとわかってしまえば少し萎れかけていた心が沸き立つのが自分でもわかった。テンは「まあまあだな」と返せばそのまま部屋のドアを開く。

「そんなところで突っ立ってるなよ」

 そしてそう声をかけてやればジョーカーはしばらくぽかんと口を開いた後、素直にテンの部屋に足を踏み入れたのだった。そのまま後ろ手にドアを閉めながら二人は少しずつ交流を深めようと話し始める。

 だから気づかなかったのだ。もう一人テンの部屋を訪れた人物がいたのを。

 その人物は少しの逡巡の後、結局テンの部屋には入らずに元来た道を帰ったのだった。

 

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