柳圭衣の決意
nekotatu
21回目
「おめでとう、これで21回目の成功だ」
無機質な壁に囲まれた部屋で、
どうしてこうなったのだろう。
そんな柳を置いて、目の前の白衣の男はつらつらと喋り続ける。
「君の能力の因子を他者に植え、人為的に超能力を発現させる実験、なかなか成功率いいよね。どうしてだろう?」
「さぁ」
柳はそっけなく答えた。
因子を他者に植え、人為的に超能力を発現させる。
それは柳の所属している組織『新人類の導き手』にとっては重要な実験だが、柳にとってはどうでもよかった。
「食べているものがいいとか?それとも性格か、相性か。……相性といえば、今回の被験体は君の友人だそうだね。この間といい、興味深いデータが得られるから感謝しているよ」
「そうですか」
柳は友人のことを出されいつもの無表情を少し動かした。
そう、今回の実験材料にされたのは柳の友人だ。今回だけでなく、その前にも友人を実験材料にしている。
といっても無理矢理被験体にされたのではなく、友人たち自身が望んだことだ。
今回受けた友人、
柳ともう一人の友人、
柳の艶やかな黒髪と澄ました態度は、クラスメートのやっかみの的となっていた。
そして、藤咲は気の小ささとおどおどした態度で舐められていじめの的になることが多かった。
橘もまた、藤咲とは逆に気が強い性格と他者を寄せ付けない苛烈さからクラスメートに避けられている。
三人が出会ったきっかけは高校1年の修学旅行の時、避けられているものどうしでグループにされたことだ。そこで意気投合し、今では互いに勉強を教えあう仲になった。
それによって三人の孤独は解消されたものの、それだけであり、柳は相変わらずやっかまれ、藤咲もいじめられ、橘は避けられていた。
橘はそれが嫌だった。
ところが、高校3年になったある日から藤咲がいじめられているのを見なくなった。
そして、藤咲と柳が二人で隠れるように何かをしているのを見るようになった。
いじめられなくなったのならそれはいいことだが、不自然に、突然パタリと止まったのだ。
橘は二人を追い、そして見た。
いや、見えなくなった。
見ることができなくなった。目の前から忽然と消えたのだ。
これは藤咲の能力『見えなくする』だ。
野良の超能力者との取引のために姿を消したのだ。
翌日、橘は問い質した。
柳は無表情で思案し、藤咲は動揺して隠そうとした。
勿論それを見抜いた橘はさらに問い詰めようとしたが、柳は拍子抜けなほどあっさりと全てを説明した。
藤咲は「明日香ちゃんを巻き込むの!?」と驚いていたが、柳は到って冷静に「言っても言わなくても明日香なら突撃してくる。それなら言った方がマシ」と組織や超能力について語った。
『新人類の導き手』は超能力者を新人類と呼び、その発展によって新たな時代を築こうという組織だ。非合法な人体実験も数多く、『導き手』は聞いた限りまったくの犯罪組織だった。
しかし実際に藤咲の『見えなくする』や、柳の『氷』を見ると圧倒された。
しかし、二人が組織の指示で行っていることは全くの犯罪だった。
橘が目撃した――といっても見えなくなっていたが――二人の取引は、能力を強化するアーティファクトを『死体を操る』の能力者に渡し、『生き物を操る』に強化するためのものだった。
その結果多くの一般人が巻き込まれ、しばらく操られゾンビのような状態で廃工場をさ迷うことになったらしい。
それでも二人が組織に従うのは理由がある。
藤咲は病気の母と弟の治療費を稼ぐため。
そして柳は復讐のため。
復讐についてはあまり語らなかったが、強い決意があることは確かだ。
橘には二人のような強い願いは無い。
しかし、自分のものを全て守れるような力が欲しかった。
だから柳に頼んだのだ。
しかし、柳は複雑な思いを抱いていた。
心を許せるような友人が仲間になってくれたのは嬉しい。
強力な能力を持ち、経験も豊富な柳は一人で難しい任務に送られることも少なくなかった。
もし二人が一緒に行ってくれるようになったらそれはとても心強いだろうと、二人と出会ってから何度も考えた。
しかしそれには死の危険が付きまとう。
まず、そもそも能力の因子を植える実験も成功率は決して高くないのだ。
今回の橘の実験だって失敗するかもしれなかった。
実際これまでも100人ほどに植えたが、成功したのは橘で21回目だ。他は失敗作として処分せざるを得ない結果となった。
そしてこれからも、危険と隣り合わせの日々を生きていくことになる。
『新人類の導き手』には敵対組織がある。
それは『パンドラの管理者』といい、アーティファクトの封印や超能力の乱用、実験を取り締まるように活動している。
この間の取引相手も『パンドラ』に襲撃され、殺されたらしい。
そして、つい最近も藤咲が『パンドラ』に捕まりかけた。
柳が駆けつけられたからよかったものの、間に合わなかったらどうなっていたかと考えるとゾッとする。
本当に、どうしてこうなったのだろう。
柳圭衣は今も迷っている。
いや、今さら迷ったところで全ては手遅れだろう。
組織に関わった友人たちはもう逃れられない。
自分の選択を正しかったと信じ、二人を守りきることを誓うしかないのだ。
柳は決意を新たにし、21回目の成功被験体についての報告書に向かった。
柳圭衣の決意 nekotatu @nekotatu
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